オ ー デ ィ オ キ ラ ー
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 第三部 LIVE・戦いの果て

 第十七章 殺戮の終止符

      〜角魔大鷹の章〜



 デュリオが難民達と共に亡命して、三カ月が経った。
 ロシア軍を指揮するダルコは、激戦の末、レナード・トルコ連合軍をインダス連邦から撃退した。そしていよいよ、国の命令に背く決断をする。
 ハーシミーを捕獲しろというロシア政府からの命令が出たと、嘘を流すのだ。大軍を動かすための嘘だからこそ、隠密に、そして緊急にやらなければならない。
 そして、要塞襲撃は明日だ。
 ダルコが他の誰もがつけ入るスキがないほどの完ぺきな作戦を練り上げている。
 ここは瓦礫と化したビルの、まだ崩壊していない一室。
「ハーシミーはロシア軍を仲間だと思っている。私のことも信用しているよ。要塞には入り込めるはずだ。しかしそこから先は、一気に勝負を決めなければならない。下手をすれば全滅の可能性もある。とにかく内部破壊したあとは急ぐことだ。私はアバドンの起動装置破壊を敢行する」
 ダルコの目が光った。
「ハーシミーの捕獲は俺にやらせてくれ」
 俺の言葉にキアヌとダルコが視線を合わせた。
「あんたの作戦は完璧だが、それではあいつ捕まえることはできない。俺のやり方で行かせてもらう。単独行動をさせてくれ」
「危険だ! 下手すりゃまた捕まるぞ、また拷問に遭いたいのか!」
 キアヌが猛反対した。
 ダルコがじっと俺の目を見たあと頷いた。
「いいだろう」
 キアヌは目を閉じ、深いため息をついた。


 物音に誘われ地下のボイラー室へ続く階段を下りると、銀の刃先が鋭く閃光を放っている。槍を持ったアドルフを初めて見た。
 アドルフは俺の存在を既に背中で確認していた。
「マサイで戦闘訓練をした時期があってな。アフリカ大陸全土を見ればいつもどこかで民族抗争が起きているぅ。今でも少年兵は戦っているぅんだぜ。10歳、11歳でもう銃を撃つ。グリオのときは西アフリカから南アフリカまでいろんなところを旅したもんだよ……あんなガキたちに、ワタシはロックを聴かせたいんだ」
 汗のスプレーされた背中が振り向き、笑顔が光った。こんな鮮やかなアドルフの眼の光を、俺は初めて見た。いい顔してやがる……。
「アフリカ縦断ライブ、やろうぜ。戦いに勝ったらな」
「ああ、頼むぅよ、ダイオウゥ」
 アドルフはいつも、本来彼自身が持っている闘争本能を隠している気がしていた。その部分がこの暗がりで露わになった。
 音楽以外で初めて共感出来たアドルフの闇。
「大鷹、ワタシも本当は少年時代に銃を撃った事があるぅ……少年兵がいやで脱走したんだ。
 もう人は殺さないって誓って音楽を始めた……キアヌにはずっと黙っていた。明日のメシもままならない路地裏である男と偶然会った。
 そいつは妙な事を言いだしてな。
 祈祷師の呪いにかけられた。原因不明の発作でオスカル国王は倒れた、助けてくれってな。ワタシはその呪いを解くためにジェンベを叩いてくれと頼まれた。そいつが側近のグリオでワタシを後継人に見込んでくれたプラティニだ」
「アンタも色々遭ったんだな」
「まあな。こんな俺の職業音楽をぶち壊したのがキアヌぅのギターだった。ロックに潜む魔物と狂気だよ。そして……愛だ」
 アドルフは再び槍を突き出した。
「だけど世界はロックだけじゃあ解決出来ない。
 だからスコットはオーディオキラーを開発した。だがよ、スコットも結局あいつらとやってる事は同じなんじゃねえのか。オーディオキラーは破壊兵器だ。音を武器にする、そしてレナード兵、英兵を殺す……」
「やってる事は同じ、それでいい。
 理屈が分からない奴らは力でしか黙らせられねえ」
 アドルフの肩を強く掴んで、そっと離した。
「守るべき者の命を守る、どちらかが死ぬなら民間人より兵士を殺した方がマシだってことか……」
 アドルフは安堵の笑みをこぼした。



 夜の闇、ハーシミーの笑い声を切り裂く剣閃。そう、これが俺のもう一つの居場所。
 俺の身体にねじ込まれた悪魔の舌。そして痛み。
 裸にされ電極の棒を射込まれる……
 恐らくしばらくは夢に現れるだろう。だが、もうガキじゃない。夏の蚊に食われたあとのように、掻きむしればすぐに消える。
 思春期にくぐり抜けてきた、あの地獄を思えば何でもねえ。俺の精神的ダメージを蓄積させたのはむしろ痛みよりレイプだった。
 だがあんなもの……
 蚊に食われたようなもんだ。
 剣の光はいつも、俺だけを裏切らない。
 俺について来い、そして俺もお前についていく。
 思い切り剣を縦に振ったとき、闇が切れたようにドアが開き、そこにいたのはダルコだった。頬にうっすらと血が浮かんでいる。
「よお、大鷹」
 いい男だ……剣が目の前を掠ったにも拘わらず、瞬き一つしない。
「よお、危ねえぜ、夜の俺は」
「危険地帯に入ってもいいか」

「入れ」

 刀を壁際にかけ、スタンドを付けた。闇の中に、オレンジの灯がうっすらと、浮かんで、俺とダルコの空間をつくった。
「明日の戦闘は大丈夫か?」
「ああ、もう走れるしな。蹴りも出来る」
「そうか、なら一安心だな」
 ダルコが久しぶりにウォッカのボトルを見せた。
「ニューヨークにいたころが懐かしい。よくお前の家に行ったもんだ」
「キアヌが暴れたな」
「ああ、お前に抱き付いてきたときはまさかと思ったよ」
「俺もだ、まあヤマトでも変な奴はいたけどよ……」
 ダルコはウォッカを飲むかと差し出したが、俺は片手を振った。ダルコはそのままラッパ飲みすると、俺にじっと視線を合わせた。
「本当に大丈夫か」
「何がだ」
「肉体的にも、いや精神的にもだ……私は軍隊で生きてきたからな。拷問がどういうものか分かる。精神的に崩壊する奴が殆どだ。
 恐怖を精神に植え付けられたらな。今までに何にも見て来たんだよ。特に一度拷問を受けた奴はな。それを攻めはしない。
 私が言いたいのは、出来なかったら降りろ。それだけだ」
 俺はダルコの眼をじっと見た。
「出来る。俺しかいない。それが答えだ」
「完ぺきな答えだ。キアヌはたとえ殺されてもベストを尽くすと答えた。
 だがベストを尽くすという言葉自体が、すでに言い訳に入っているんだよ。実はさっきあいつが、私の部屋に来たんだよ。
 大鷹はまだ体力的に無理だから、この任務を俺と変ってくれってな」
 キアヌ……俺のためなら命を捨てられるっていうのか。
 これが友情か。そんな事に感動している自分を素直に表現出来なかった。
「あいつらしいぜ……キアヌは自分が電気刑を受けなかった事に負い目を感じてる。だがそんなの俺にはウザいだけだ」
「それがあいつの魅力だろう。優しいあいつが自らハーシミー抹殺の名乗りを上げるんだからな。まあ私も、もう人を殺すのはゴメンだと言いながら、結局軍隊に戻っちまったよ。部隊では英雄扱いだ……私の限られた居場所だよ」
「なぜ総合格闘技に戻らなかった」
「お前たちを置いてリングに立てるか。私にとって1番大事なものも、ロックであることに変わりはないんだよ。魂を揺さぶるものは力ではなく音だったよ。骨まで振動させるような重低音のペース……武力も狂気だが、ロックも狂気だよ。
 お前が、カストラートになったこともな……」
 俺はダルコを睨み付けた。
「……知っていたのか」
「ああ。お前の身体は男じゃない。鍛えている割には筋肉の付きが少な過ぎる。のど仏もない。体毛も女より薄い、いや無い……これだけ近くにいて、気付かない訳ないだろう」
 そしてダルコは瞬きひとつ、目を伏せた。
「まあいつか、いやもう気付いてるだろうとは思っていたよ。多分アドルフもな」
 薄汚れて破けたブラウンのソファに俺は背中を沈ませた。ダルコはずっと立ったまま壁際に沿ってゆっくり歩きながら、時折ウォッカのボトルを唇に当てる。
「芸術も十分に残酷だよ。自分の性を殺してまで声の追求をするんだからな。カストラート達も戦場に立つ兵士のように、使い捨てられるように死んでいった事に変わりはない」
 ダルコと話すといつも、正義でも悪でもないところにたどり着く。
 だから俺はダルコとよく話した。
「人を殺す度に、私の心は埋められぬ渓谷が更に深く切り刻まれていく……」
「俺はアンタほど優しくねえ。生きるか死ぬかの戦いに生き甲斐さえ感じる。この声で軍隊を滅ぼす……燃えるんだよ。そしてそこにだけは、俺の居場所があるんだ……」
 スタンドの照明、オレンジ色の空間の中に、俺とダルコの深層心理が露わになった。俺はダルコとも違う。
 キアヌでさえ否定した俺の深層心理をダルコは否定しない。
「私はずっと戦争を否定してきた。だが、戦わなければ守れない命もある。
 戦場は人を魔物に変える。その魔物が戦場を離れたあとも、取憑いている奴がたまにいる。私はそういう奴も見てきた。
 戦争はいけないと口で言うのは簡単だが、目の前に剣を突きつけられれば、誰だって戦うだろう。虫のいい奴らは戦争反対と言いながらも正当防衛にはうなずいている。
 だがな、戦争の始まりは正当防衛からなんだ。戦争は常に悪ではない。
 軍事パレードでは野蛮人のような目で俺たちを見る市民たちも、いざ軍隊が押し寄せてくれば、私たちの背後に隠れて守ってくれと懇願する。
 私たちは戦うしかないんだ。お前は斬るか斬られるかの勝負の中に自分の命を見いだす戦国時代の剣客だ。その刃を決して、使ってはならない方向には使っていない。ヤマトの武士もそうじゃないのか。
 だから私にはおまえが理解できるんだよ。居合いの心は鞘の中……違うか?」
 いつも人の精神状態を楽にすることを知っている奴だ。
 久しぶりに、自然と笑みがこぼれた。
「あんただけだよ、俺を理解してくれたのは」
「そしてもう一人、カルリーネ」
 カルリーネの悲し気な横顔がオレンジの空間に浮かぶのは容易だった。それは彼女の髪の光沢が、こんな色だったから……。彼女の舞台をダルコは見たのか。
 モスクワでの公演も彼女は行っていた。そしてダルコは世界チャンピオン、接点があっても不思議はない。
 この空間が闇を落としていく。
 ダルコ……目の前のこの男と、無性に戦いたい。今までずっと隠してきた思いにこのとき火がついた。腕がなる。そしてダルコの眼も普段の優しい目ではない。光の世界では、ずっと隠し通してきた、俺たちだけが分かるオーラ。
 ダルコは阿修羅の目になっている。試合の時の眼とも違う、戦場の眼だ。
 ボトルをテーブルに置いた彼は挑発的な笑みを浮かべ、人差し指で来いと合図した。

 いいのか、ダルコ。

 来いという声が、ハッキリと俺の心には聞こえた。
 左ハイキック、右腕でガードされた。
 右脚が弾かれた。ダルコのローキックだ。倒れた俺を捕まえに来るダルコの目は鬼神の輝きだ。下から蹴り上げた一撃がその額にモロに入った。
 ダルコがふらつく。今だ!
 ストレート、アッパー、膝蹴りを頭にぶちかます。そのとき、ダルコのフックが俺の死角からきた。
 衝撃が俺を酔わせた。
 いいパンチだぜ。まともに食らえば死んじまう。俺は短刀を抜いていた。ダルコもまた、ズボンにぶら下げた、短剣を抜く。
 刃物がかち合った。ダルコの幅の広いナイフは正確に心臓を狙っている。
 俺は本能だけで動く……。
 何だ、闇から襲いかかる魔手。ダルコの手が俺の喉元を壁際に押さえつけた。
 息が出来ない。俺の左手はダルコのノドを短刀で捉えていた。その首からは血の糸が筋肉の谷間を流れていく。この左腕はこれ以上立ち入ってはならないダルコの生命線で止まった。それは、ダルコの指が同じように止まったように。
「相討ちか……」
 ダルコはそう言って俺の首を離した。俺の左手もダラリと落ちた。素手での格闘はダルコ、刃物を持てば俺だった。
 相討ちだ。
「有り難うよ……」
 そう、彼は俺の居場所に来てくれた。有り難う……。ダルコは笑って頷いた。
「大丈夫なようだな、安心したよ。お前は強い……じゃあな」
 ダルコは片手を振って部屋を出て行った。



 ダルコの部隊はハーシミーの要塞になだれ込んだ。
 キアヌも戦う、アドルフも戦う、ダルコの立てた策のままに。乱戦になるほど、ダルコはロシア軍最強の格闘センスで敵兵を殴り倒し、蹴り飛ばし、へし折った。
 アドルフはマサイ族仕込みの高いポテンシャルで、短めの槍を使って接近した敵兵を素早く突き殺す。その腕前は俺が見ても見事だった。
 ライオン狩りの確かな腕。
 キアヌは銃撃に秀でたセンスを発揮して遠くの敵を次々と撃った。
 一団となっで要塞に侵入するロシア軍、ただ俺だけがダルコの作戦に反対し、連携を取りながらの単独行動に出た。
 何故俺が、この一致団結せねばならないときに単独行動を取ったのかは他の誰にも理解出来ないだろう。
 ハーシミーは一筋縄で捕まる男ではない。よからぬ切り札を隠していそうな予感がした。それは俺にしか分からない。
 この要塞は余りにも複雑な形をしている。ダルコの作戦は最も確実で堅実な正攻法の攻めなら、俺の策は裏をかいた攻撃。
 失敗した場合は退路がない。俺に着いていけるスピードを持つヤツはいない。だから単独になりたかった。
 ダルコ、健闘を祈る。



 銃声と断末魔が響き、俺の進路を遮る。
 味方のロシア兵が次々と斬り捨てられていく通路。それが俺の計画を悉く狂わせた。敵は一人だ。目にもとまらぬ剣裁きで死者の川を作る魔神。

 誰だ……

 こんな刺客がハーシミーの部下にいたのか……。
 最後の一人が斬り捨てられ、刺客の姿があらわになった。
「そこまでだ、角魔大鷹」
 見覚えのある顔。
「エリツィン・ヴォリスキー、角魔の門を叩いた男だよ。兄貴が世話になったな」
「ダルコの、弟か」
「そうだ」

 剣閃が走り、二の矢、三の矢が見えず胸が切り裂かれ血が飛んだ。

 やっと至近距離を取った時には太股からも熱い血が流れ落ちていた。浅手のようだ。十分戦える。
「角魔大鷹、一門最強の腕を確かめにきたよ。誰も立ち入らせない」
 エリツィンは壁のボタンを押した。前後のゲートが閉まる。
「私にはもう一つ使命がある。ハーシミー抹殺、しかしお前の標的も同じ仇だな。つまり、心おきなくこの戦いを楽しめるわけだ」

「エリツィン、破れたり」

「何を……」
ハーシミー抹殺をなぜ俺に託す。クハハ……」
「笑うな! 俺こそ角魔流最強剣士だ!」

 剣が襲いかかる。
 はじき返す、俺の振りが相手の腰を斬る、肩を斬る、すぐさま逆襲で腹を蹴られ壁際に叩きつけられた。脚の使い方も角魔流だ。剣を受ける。俺の蹴りを相手は脇に挟み込み身体を預けて押し倒しにきた。一連の動作が速い。正にダルコの戦い方だ。こうなると剣は役に立たない。剣を持った左手をすぐさま相手の右手で掴まれた。
「体術によって勝つも角魔流」
 エリツィンの左手がグッと俺の首を掴んだ。

「死ね、角魔大鷹」

 俺の右手は武器を探すが身体が密着して取れない。脚を振っても脇腹に当たるだけで威力のある蹴りも出来ない。意識が薄れてきた。

 どうやら死ぬときが来たか……。

「うぉーっ!」
 意識が戻ったとき、相手は血を流しながら脇腹を押さえ、俺は敵の短剣を振るっていた。激しい斬り合いでエリツィンの短剣を巻いたベルトが切れて左に回っていたのだ。
 エリツィンは銃に手をかけ俺の短剣はその手首ごと切断した。そのまま突っ込み分厚い胸板を突き刺す。
 怨念の両腕が俺を逃がすまいと抱きついた。

「か、カクマァ……」

 俺の身体を滑り落ちエリツィンは倒れた。



 天井を壊して潜入し暗闇を走った。
 記憶した地図通りならここは要塞上部の戦闘機が隠された天井裏の筈だ。必ず抜き取る場所があるはずだ。闇を探りながらかすかな光を頼りに取っ手を見つけた。そこを引き抜き下を見ると、ステルス機が黒光りしてハーシミーを待ちかまえている。
 いつでも飛び降りる用意は出来た。
 爆音と共に機関銃の銃声が天井裏の床に轟く。ダルコの大部隊が内部を破壊して突き進んでいる音だ。俺はハーシミーをここで待ち伏せする。奴はどんな事があってもここへ来る。
 爆音に次ぐ爆音、そして俺の腕に巻き付けた液晶腕時計に[アバドン制御装置破壊・ハーシミーは地下の脱出口におらず]の文字がダルコから送られてきた。
 手下を道具のように使い捨て自分は生き残る、それは彼に限らず首領の任務だ。ヤマトの戦国武将もそうだった。だから軍人は嫌いだ。
 逃さない……。
 その時、ドアが開き数人の兵士とハーシミーの姿が現れた。
「急げ! この要塞は爆破する!」
 今だ!
 俺は飛び降り、斬り掛かった。
 機関銃を弾く防弾スーツ。振動が撃たれる錯覚に陥れる。剣を振り下ろした瞬間、血しぶきの噴水が回りの兵士に飛び散り隙が出来た。背後の敵を回し蹴りで蹴り倒し、それは銃弾の縦になって死んだ。発砲が止められた瞬間、俺は盾にした敵兵の背中から飛び出し左右の兵士をすれ違う瞬間で斬る。
 ハーシミーが小銃を抜く、剣で叩き落とす。
 飛んだ銃が暴発し、俺の肩を掠め血が飛んだ。
 のど元に剣を突きつけた瞬間、ハーシミーは笑った。
「見事だ……カクマダイオウ。殺せ、なぜ殺さない」
「お前の力が必要だからだ」
「私を利用した後に殺すつもりか、それならば、今殺された方がはるかにマシだ。空軍に入隊したときから命は捨てた」
 ボスらしい言葉と態度だ。睨み返す目は、俺の刃物を拒んではいない。
「なら命を助けてやる」
「信じられない……お前の中では、私が一生の仇になっている筈だ! 私を殺したいほど憎いはずだ。思い出せ!……
 お前の身体はよかったぞ角魔大鷹。また抱いてやろうか。
 電気の痛みを思い出せ! 憎め! ズタボロになるほど憎め!」
 お前は自分の怨霊を俺にも芽生えさせてえのか。
 刃物を突き付けられながらもその心は折れることなく俺を追い詰めようとしている。悪党でも、ボスとなる奴は違う。
「憎しみか……それがお前の居場所か……」
 喉元に突き付けた刃を、自ら押し付けながら前に進むハーシミー。
「そうだ……だからお前にも、お前等メンバーにも、俺の気持ちを味合わせてやりたかった。仲間の虐待を見せつけられる事がどういうものか分かったか……そして拷問の痛みがどれほどのものか……そうすることで俺の気持ちは満たされる」
「くだらねえ……」
 俺は刀を下ろし、鞘に収めた。
「貴様……死ぬときは憎しみの刃で死にたいと思っていた……
 俺の最後の望みまでも絶つ気か!」
 殴りかかるハーシミーの拳を掠らせて俺のカウンターが頬に決まった。ふらつきながらも倒れない当たりはさすが元空軍だ。蹴りを放つハーシミーの脚を肘でブロック、思いきり殴る、殴る、膝蹴り、もう一発、そこを脚に抱き付かれ倒された。
 ハーシミーが馬乗りになり拳を振り下ろす。
 俺が交わし床を殴るハーシミー、脇を掴んで放り投げると奴はすぐに立ち上がって構えた。ハーシミーの早いジャブが頬を抉る、腹がよじれるボディーブロー、ハーシミーの憎しみが乗り移った痛みに、この俺が背を丸めた。
「カクマダイオウ、死ね!」
 パンチが来る。
 もう一発、二発、腹にめり込んだ。
「これがインダス空軍のパンチだ、俺の憎しみだ! 死ね!」

 ざけんなよ、憎しみなんざクソくらえだ。食らえ、ハーシミー!

 ハーシミーのパンチをガードせず、相打ちで俺の正拳突きが顔面に突き刺さった。後へよろめくハーシミーの頭を掴み膝蹴りで額をかち割る。
 腹にも一発、二発、三発目の膝蹴りでハーシミーは崩れ落ちた。
「ざけんなよ……何が憎しみの力だ」
 俺は倒れるのがイヤで壁に背中をもたれた。タイマンで息が上がるのは初めてだ。二つの荒い息が鉄の壁にやけに響く。生臭い、血みどろの呼吸音が響く。
「生憎だが、あれしきでお前を一生の仇にするほど、俺はダメージを受けてねえ」
「なにい……何だとっ!」
「あんなのはクソでもねえ。お前は激流に倒された流木だ。自分の怒りを誰かに巻き添えにすることで心の居場所を探している。
 だがな、夢を持った木はどんな激流にも、倒れねえんだ」
「……それがお前のロックか」
「そうだ」
 やっとのことで起き上がり、立ち上がれずに片膝を付いたまま俺を見上げるハーシミーの顔は鼻が歪んで横を向き、頬は切れば血が噴き出しそうに膨れあがっている。
「レノン島へ俺たちを連れて行け。レナード軍を崩壊させてやる」
「私に空軍を動かせと言うのか。何のためだ」
「何のタメって……さあな」
 ため息が出た。
「キレイな目をしてんだよ、客席のアイツ等の目がな。分かるか」
 俺の思い浮かべた、ステージから見る瞳とは違っても、奴の脳裏に浮かんだ目の輝きは俺にも伝わった。ハーシミーでさえ目を細める。眩しそうに……。
「……愛か……」
「愛なんかじゃぬえ。ライブを共にした、俺の義務だ。
 誰かを守る事に、愛なんかいらねえ」
「なにい……それが武士道か」
 ハーシミーの大きく見開いた目から涙が流れ落ちた。額の血と混ざったその色は、あいつ自身が流された激流と同じ水質の涙だった。
「誰かを守る事に……愛はいらないか……クソッタレが」
 生意気を言うなとでも言うような、温かい目だった。まるで親父が成長した子供を見るような。
「分かった。この命にかけても、お前たちをレノン島に連れて行く。空軍の総司令官として戦闘機を操縦し、お前を連れて行く」
 ハーシミーの差し出した手。
 俺はその手を力一杯握りかえし引き上げた。


 壁が壊れダルコとキアヌの部隊が、安堵した歩調を響かせながら近付いてきた。
「ダルコ、ハーシミーがレノン島へアートサイダーを誘導する。こいつは味方だ」
 キアヌがハーシミーの襟を掴んで拳を振り上げたが、俺の合図に拳を下ろした。
「大鷹が言うなら許してやるよ。オレは……お前を許せないがな……」
 キアヌはハーシミーの襟を投げ捨てため息を吐いた。
 ハーシミーもため息を床に吐き捨て、襟を正して俺たち一人一人を見ながら言った。
「この国を救えるなら、一肌脱ごう。レナードとイギリス連合軍は近々総攻撃に出る。最終兵器ゼウスを使いインダス連邦を崩壊させる気だ。オーディオキラーの威力を信じよう……我が軍にはもう、余力はない。戦闘機部隊の大将は私が勤める。
 君たちに面白い物を見せてやろう。これだ」
 ハーシミーは壁のスイッチを押す。
 壁一杯のスクリーンに映し出された見知らぬ男の顔。

「ジミー・オーデュボン……!」
 ケビンが呟いた。
「君らを拉致したときにレナード政府としたやり取りだ。見ていろ」

 そして、醜い駆け引きのVTRが再生された。

 ジミー・オーデュボン
「ハーシミー、オーディオキラーは我がゼウスには通用しない。アートサイダーと手を組んで我らにたてつこうなどという考えは捨てろ。アートサイダーメンバーを直ちに我らに引き渡せ」
 ハーシミー
「それは出来ない。今や彼らは切り札だ。オーディオキラーの破壊力がどの程度のものか、試す価値はある。ゼウスが無敵ならば、なぜアートサイダーにこだわる。彼らは死んだ方が好都合ではないのか」

 ジミー・オーデュボン
「ハッハハハ……。ハーシミー大統領、あなたは今袋のネズミなんだよ。ケビンと角魔大鷹が君に命乞いをしただろう。オーディオキラーでレナードを倒さないかと。全ては筒抜けなんだよ。君の部下から情報は来ている」

 ハーシミー
「スパイがいることぐらいお見通しだ。お互い様じゃあないのか」

 なるほど……エリツィンの死に顔が浮かんだ。


 ジミー・オーデュボン
「ゼウスを撃つことは国連でも承認されているんだよ。君らが持つアバドンの驚異に、今や世界は怯えきっている……みんな自分の身が可愛いのさ、危険極まりなき国インダス連邦に制裁の矢を放て……とね」

 ハーシミー
「ゼウスがそこまで無敵ならば、オーディオキラーなどたわいもない、必要ないとなぜ言わぬ」


 ジミー・オーデュボン
「ケビンを拷問にかけない限り、オーディオキラーの真価は分からない。私とケビン、勝った方が世界一の頭脳と言うことになるんだよ。負けるわけにはいかない。ケビンが遠隔操作で部下に指示を下しながらオーディオキラーの開発を続けていることぐらい分かっている。勝利を収めるには敵の裏情報も必要でね。
 どうだ? アートサイダー引き渡しを条件に停戦をしてもいいとジョシュ大統領は言っている。それでも嫌か」

 ハーシミー
「お前達がそこまでこだわる以上、オーディオキラーを我が切り札として持っておく必要はあるようだな。有り難う、ジミー・オーデュボン」

 そこで通信は切れた。
 ケビンの目に、復習の炎が燃えた。




 勝ち戦にもにた厳かな行進。
 ダルコに腕を掴まれた。
「どうした?」
「何が」
「胸の服が切れている……脚ならまだしも、胸に傷を負わせるとはかなりの使い手と戦ったんだな……大丈夫か」

 ダルコの腕をふりほどく手に、必要以上の力が入ってしまった。
 それが逆にダルコの視線を鋭くした。

 言うべきではない。お前の弟を斬ったなどと……。

 ダルコの目は、あの夜の不気味さを漂わせていた。悲しそうにも、怯えた獣のようにも、それが故に今にも牙をむきかねない……。
 俺の心に突き刺さる視線だった。





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