オ ー デ ィ オ キ ラ ー
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 第三部 LIVE・戦いの果て

 第十六章 戦地への脱獄

      〜キアヌ・クルーガーの章〜




「治療は終わった。あとは彼の生命力にかけるまでだ」
「そうか……」
 眠り続ける大鷹。死人のように動かない。寝顔にはさほど損傷もなく、艶かしいほどの妖しさが身を切るほどせつない。大鷹の診療台を囲んで座った。悔し涙は止まらない。
 スコットは何かを呪うような目でじっとしていた。
「あれだけ痛めつけられても仲間を売らない男は初めて見たよ。治療しながら、この身体に触れていて思ったんだが。この白い皮膚の下には、確かに強靱な男の筋肉があったよ。男にしか付かない、獣のように固い筋肉がな。何人もの人間を治療した俺には分かる。大鷹は俺たち以上に、強靱な男だ。きっと助かる」
 デュリオは立ち上がり檻を出ると、ドアまで歩いて立ち止まり俺たちの方を振り向いて言った。
「明日かもしれない。あんたら二人のどちらか……。治療には最善を尽くすよ」



 翌日もその次の日も兵士たちは来なかった。デュリオだけが大鷹の手当に現れては、包帯を交換し点滴を付け替える。
「細菌感染しないように、最新の抗生剤を打っている。あとは栄養剤だ。しかし危険な状態に変わりはない」
「俺をかばって大鷹はこんな目にあった……
 俺が代わっていればよかった。少なくとも、あの時はそう思っていた。
 ただあんな拷問を受けてしまえば、俺は耐えきれる自身はない。
 その気持ちは変わるだろう……だが大鷹はまだ21だ。
 俺はもうじき40になる。長く生きている俺が死ぬべきだった。
 そうでなきゃ、不平等ってもんだ……」
 なんて青白い顔でおびえているんだスコット……。
 いつもオレを、アートサイダーを引っ張ってくれたあんたが、そんな顔してちゃ、オレまで先を見失いそうだ……。
 かける言葉も見つからず、息も詰まるそのとき、
「バカヤロウ、俺はまだ生きてるぜ……」
 大鷹が七日ぶりに目を開けた。
 俺はベッドの大鷹に覆い被さって彼と視線を合わせた。
「へへ、帰ってきたぜ。三途の川からな」
「待っていたよ……アートサイダーのヴォーカルはお前しかいない」
 スコットが大鷹の視界に割り込んだ。
「何で俺の邪魔をした……」

「レノン島の借りを返しただけだ」

「レノン島の借り……バカヤロウ」
 どんな借りなのか俺には分からないが、二人の友情の分厚さが分かった。スコットの笑顔から涙が落ちた。初めて見る、スコットの涙だった。
「大鷹……」
 としか言えなかった。どんな言葉も浮かばない。
「ヘッ、ついに見られちまったなキアヌ」
「ああ、……まさかカストラートだったとはな……
 スコットから全て聞いたよ。実は、ずっとお前が女ではないかと思っていた……
 すまない。治療を手伝う時に、お前の身体を見てしまった……」
 大鷹は溜息をついた。
「女の裸を見た訳じゃあるめえし。
 俺は男だ、謝る必要はねぇよ」
 こんな言葉で片付けられるなんて、お前は……凄いヤツだ、角魔大鷹。








 戦争が始まったことをデュリオから聞いた。レナード政府はアートサイダーの開放を要求したがすでに処刑されていることを国民に報じ、これを戦争のきっかけにした。
 愛するキャサリン……すまない。
 デュリオ以外の監視員も来なくなった。
 オレたち捕虜をいたぶる余裕もないほど国境では激しい戦闘が繰り広げられている。
 そして二週間が流れた。デュリオが持ってくる食事もだんだん粗末になってきた。
 大鷹がやっと起き上がり、初めて水を飲んだ。
「大鷹、大丈夫か。立てるか……」
「キアヌ、来い」
 大鷹はシーツで身体を包むと両脚を床に下ろした。その腕が肩に巻き付き、一気に立とうとしたが崩れかけ、オレはしっかりと支えた。
「いつでも付き合うよ。また立ちたくなったらな」
 そのとき、デュリオが暗い顔で言った。
「キアヌ、ハーシミーから命令があった。明日、お前を拷問するそうだ。
 むち打ちの刑だ。大鷹の拷問は、大統領の趣味で隠密に行われたようだが、今回は衛星放送でレナードに流すらしい。執行人は、俺だ」
 オレの番がきた。
 もう恐怖を感じなかった。受けるしかない。
 大鷹と同じ目に遭うのか。

 キャサリンを抱けない身体になるかも知れない。
 今はただ、恐怖よりも彼女への愛おしさが悲しみを倍増させた。
「まだ1度しか、キャサリンを抱いていない……それだけが悔いが残るぜ……」
「バカヤロウ……何グズグズしてたんだ」
 スコットがあきれ顔で呟いた。
「それがキアヌのいいところだよ。俺やアンタみてえに手が早くねえ。優しいんだよ」
 大鷹の目を閉じた横顔が言った。
 そんなの会話をずっと見守っていたデュリオが、オレたちの輪に入って言った。
「キアヌ、脱獄するならその拷問の後だ」
 メンバーみんなの目がデュリオに集った。
 デュリオは頷いた。
「大丈夫だ、今回は電気ショックはやらないと言っていた。
 まさか拷問直後に脱走するなど誰も思わないだろう。
 明日が一番見張りも手薄になる。俺を信じてくれ。ここに見取り図を持ってきた」
「デュリオ……本当か……信じていいんだな、おまえを」
「そいつは俺のセリフだよ。頼むからよ……俺といつまでも仲間でいてくれ」



 背中に、電気が走った。
 回り続けるテレビカメラ。
 腕を縛られたまま宙吊りで引力のままに左右に揺れ動き、息つく間もなく二発目のムチが背中を切った。やっと痛みが姿を現し、火のように襲いかかった。
「マジかよ……」
 デュリオは容赦なく打ち始めた。長い、長すぎる痛み、それでも時計は回ってくれない。縛られた腕が恐怖を倍にした。背中が焼け付く地獄だ。俺は歯を食いしばったところを背中に水をかけられ絶叫した。
「塩水は気持ちよかったか、ハハハ……」
 その時、あざ笑うデュリオが突き飛ばされた。
「手加減してんのかバカヤロウ!」
 大魔神のような黒人が棒で背中を殴った。
 痺れる、痛い!
 もうあいつらが何を言って笑っているのかもわからない。痛みの上に痛みが重なる。背中を、腹を殴られまくった。俺の記憶は消えた。
 意識が戻りかけるとまたムチで打たれ激痛で気絶する。そしてまた、水をかけられて、気を取り戻す。
「死なない程度にしておけ。これも大統領命令だからな」
 いっそのこと、殺してしまえと思った。痛みに対して、徐々に感覚がマヒしてムチの雨が止んだ。




 痛い……熱い……そんな夜、俺は痛みに目を覚まされた。
 うつ伏せのまま背中を焼かれる感触に耐えながら。
「よく耐えたな。治療は終わったよ。すまない、手加減するわけにはいかなかった。俺が疑われてしまっては、お前達と脱走する事も出来なくなる」
 デュリオの声がした。
「いいってことよ、デュリオ。お前の方がオレよりずっと苦しかったはずだ。
大鷹の痛みに比べればマシだよ」
「キアヌ……」
 唇を噛み、涙ぐむデュリオをこれ以上見たくないオレは、笑って立ち上がろうとしたが、激痛に足がもつれて倒れた。
「ああっ! あぐっ!」
「大丈夫だ、痛み止めを持ってきた。こいつを打てば一時的に痛みは止まる」
 デュリオはオレの背中に注射を次々と無造作に打った。
 そしてオレはこの時自分がダークグレーの軍服に着せ替えられていることに初めて気付いた。みんな同じ衣装だ。
 大鷹は立とうとしたがまた崩れ落ち、スコットが支えた。
「大鷹、お前は俺が連れていく。この命にかけてもな。死ぬときは一緒だ」
「ケッ、これでまた借りだな……」
「バカヤロウ、お前の声でなければオーディオキラーは起動しないからな」
 スコットはその背中に大鷹をかついだ。



 デュリオは牢の鍵を開けると、ヘビよりも静かに、猫よりも素早く歩き出す。そして曲がり角、デュリオは伏せの合図を送って、自らそこを曲がっていった。
 向こうで複数の足音と話し声が接近してくる。
「よお、デュリオ、あの3人の様子はどうだ。順番でいけば次はスコットだな」
「そうだな。キアヌは死んだように眠っているぞ。打たれ弱い坊やのようだ。ダイオウは相変わらず寝たきりでいつ死んでもおかしくはない」
 今にも彼が俺たちを捕まえに来そうな程、デュリオの声が妖しく呟いた。
 笑い声は2人だ。
 オレは壁際に詰め寄り、銃を構えた。相手が2人の場合はより近い方をオレが撃ち遠い方をデュリオが撃つ。銃口にはハンカチを何重にも巻き、防音をしている。
 狙いを外してはならない。
 来た!
 オレは頭を撃った。
 もう1人の兵が騒ぐ間もなくデュリオはその心臓を撃ち抜いた。
 2人の死体は壁際に隠され、デュリオは腕を前に振りながら、先を急いだ。
 曲がりくねった通路を駆け抜け、行き止まりのドアを開ければ、それは救いの女神のような夜の闇だった。この闇に紛れて、どこまでも逃げていけそうな気がした。
 その時、遠方の街が爆発した。
 レナード軍の空襲が始まったのだ。
「なんてことだ……これじゃ街へ逃げたほうがかえって危険かもしれない」
 デュリオはジープを指さし、オレたちは一気に乗り込んだ。しかしそのとき隣の装甲車が、向かってくる。

「しまった、気付かれた!」

 デュリオは思い切りアクセルを踏んで、オレは背中をシートに打ちつけ悲鳴を上げた。大鷹が窓をたたき割り銃を乱射した。
「ナイス! ダイオウ!」
 デュリオが叫ぶ。装甲車のタイヤが空回りを起こしている。片方のタイヤがパンクしているため、急カーブして壁にぶつかり、敵兵は別の車に移動する。

 炎に包まれた夜の街を飛ばすデュリオ。
「要塞への本格的な攻撃が始まったようだ。
 民間人には被害を加えないなんてレナードの声明は真っ赤なウソだ。この燃える街を見ろ、どれだけの人々が家を失い命を失っている事か。開戦からもう半月以上流れた。連邦が早めに降伏しない限り、犠牲者はどんどん増えていく」

 デュリオの怒りはこの時だけハーシミーの怨念と一致した。
 死に怯えて逃げまどう人々の目が、こんなにも一瞬のうちに、オレの胸の奥深くに根を生やした。
 あのライブで一緒にロックに燃えた美しい瞳が、なぜこの戦火に焼き殺されなければならないんだ……。
 恐怖以上に憤りが胸の嵐を激しくした。

 車を路地裏に止め、オレたちは爆破されたホテルに入りこんだ。砲弾で内部は破壊され空洞になったまま、フロント、調理場、客室の仕切りを取り払った無惨な残骸に、全く人気はない。
「逆にこう言うところの方がレナード兵の目には付かない。車の方が目について危険だ」
 外は爆音と人々の悲鳴が交差する。
 爆音鳴り止まぬまま夜は明け、オレとデュリオはホテルに貯蔵された食糧を集めてみんなで食べた。

 大鷹は物を食べない。
「点滴液もあらかじめ車に積んで持ってきた。今食っても内蔵の回復が遅れる……そうか、あんた食わなくていいって得意体質だったな。だが今は点滴が必要だ」
 デュリオはパンをくわえたままカバンから注射器を取り出し、大鷹の腕をめくると液体を入れて手早く針を刺した。
「ヘッ、素敵な朝飯だ」
 大鷹は苦笑いした瞬間、入り口が開き次々と人がなだれ込んだ。
 俺は反射的に銃を構えたがすぐに下ろした。戦火を逃れて駆け込んだ民間人だ。
 仲間だと思った瞬間、一人の男が向かって来るや鉄拳がオレの頬ごと身体を吹っ飛ばした。あのライブで見た美しい瞳は怨念の色に変わって襲いかかってきた。

 その時、銃声がなった。

 デュリオがオレの前に立ちはだかって叫ぶ。
 銃声は彼らの足を止めた。
 彼ら民間人の中で、リーダーらしき人物が前に現れた。
 デュリオ以外は彼らの言葉はわからない。デュリオは言葉と体を使ってオレたちが敵でない事を証明しているようだ。

 その時、ホテルの屋根が無数の銃弾と共に叩き壊された。
「隠れろ!」
 オレは叫び、本能だけで銃を撃ち返した。
 デュリオと民間人達、スコットも大鷹も伏せた。
 五人のレナード兵は、一人を除いて脳天にあたり即死した。
 生き残った一人が、殴りかかってきた。
 銃弾がない!
 その手をつかみ殴り返した。相手はナイフを振り下ろし、オレは頬を切った。

「マトス……!」
「キアヌ! 何でお前はいつも邪魔をするんだ!」

 オレは斬り掛かるマトスの腕を掴んでねじり上げた。
 悲鳴を上げてナイフを落としたマトスを、殴りまくった。
 銃を構えたデュリオとスコットはすぐに下ろした。
 その後は殴り合い。顔、腹、顔と殴りまくった。
 マトスは口から血を吐きながら崩れ落ち背中を壁際に叩き付けられた。
 オレはマトスの前に立ちはだかって見下ろした。

「お前達を殺せと言うのは政府命令だったよ」
「オヤジを殺したのも、レナード政府の仕業か! ジョシュか!」
「そうだ! カルビン・クルーガーはレナードの世界征服に、一番邪魔な存在だったんだよ。そして俺にとっては、お前が一番邪魔なんだ」

「なにい……貴様」

 言葉もない…… 改めてレナード政府のクズ共には、もう何も言葉はない……。
「ちきしょう殺せーっ! おれは……何でいつもお前に勝てないんだよおーっ!」
「なんだと……」
 マトスは涙目で俺を睨み上げ絶叫した。
「グレードアップの時からそうだった……
 俺からバンドリーダーを奪い、自分の理想でみんなを牛耳って、お前はやりたい放題やった挙げ句みんなを裏切った!
 おまえはロックのためにどれだけの人間を傷つけたか分かるか!
 確かにお前は才能があるよ、だがなあ、その才能を信じて三年間お前に付いてきた俺たちをおまえは裏切った!
おまえは俺たちを、才能がないからとゴミみたいに捨てたんだ!
 乗りかかった船なら、最後までつきあうのが男ってもんだろ!
 同じロックにかけた俺たちが、どれだけ悔しかったか……
 この悔しさがお前に分かるか……!
 お前は、レナードと同じやり方を俺にしたんだよ!」

 オレは返す言葉もなかった。

「アダムはオーバードーズで死んだ……」
「アダムが……」
「ポールは自殺したよ……歌が書けなくなってな。ろくに勉強もしてねえ俺には、もう軍隊に入るしか生きるすべも無かったよ! みんなお前のせいだ! おまえのせいで、俺の人生はボロボロだあーっ!」

 背中を丸め、うずくまったままマトスは嗚咽した。
 胸の中に嵐が吹き荒ぶ。ロックという魔物に生かされ、オレは生き延び、あいつらは殺された。確かにオレはみんなを強引に引っ張り込んだ。本気にさせて裏切った。一度乗りかかった船なら最後まで付き合うのも、一つの生き方だった。

「アダムの仇だ……ポールの仇だ!」

 マトスは立ち上がりオレはそのパンチをまともに食らって倒れた。
 もっと殴ってくれ。
 ただ、ロックは甘いものじゃない。マトス、不器用なオレが本当に伝えたかったことを分かってもらうまで、オレは殴られてもいい。お前がどんなにオレを忌み嫌おうと、お前はオレの友なんだ。
 ボディー、アッパー、そしてフックに身体は吹っ飛んだ。いつの間にこんないいパンチを持ちやがったんだ。
「おい、なかなかいいパンチじゃねえか。もうそれで終わりだ」
 スコットが手を叩いた。
「なんだとお……」
「お前の歌を聴いてるファンもいるんだぜ。アートサイダーでもサウンドスレイブでもなく、お前の歌を好きだって言う奴も、この国にいるってことを忘れるな」
「お前が……キアヌをたぶらかしたスコットか!」
「そうだ、お前たちはキアヌが書いた曲で売れたじゃないか……
 ブラックファイヤーだったな。そのほかにも……
 だがキアヌがそのことを一度でも攻めたことがあるか。
 それで十分に、貸し借りはナシじゃないのかい?
 いつまでも、キアヌ大将に、おんぶにだっこされてるつもりだったのか」
「やめろスコット、そのことはもういいんだ。
あの曲は、マトスをイメージした。だからマトスのものだよ……」
 マトスはガクリと膝を落し、痙攣したまま口をガクガク振わせている。
 精神と肉体が壊れてバランスさえつかめなくなったように、そして何かすがるものを見つけたように目を大きく見開いて俺を見つめると、自分の歌を歌い出した。

”オーベイビー、濡れた唇はレッドファイアー……
 黒いその瞳は、俺を狂わすブラックファイヤー“

 涙を流しながら、マトスは口ずさむ。
 そして銃を手に取り自分の側頭部に当てた。
 やめろ!
 と叫ぶまもなくマトスは引き金を引いた。

 カチリ……

 その手に飛びついた。
 オレとマトスは組み合ったまま倒れ、俺が上になったまま互いの目を睨み合った。
「へへ、どこまでもついてねえぜ……このまま死ぬ事もできねえのかよ……」
「もう一度、歌ってみたらどうだ……力になるぜ」
 マトスはオレの胸に飛び込み嗚咽する。
 こんな姿は初めてだった。
 どんなに自分が悪いときでも、クールに片手を上げるだけだったマトス。
 泣けばいいんだ。強くないクセに、強い振りをする必要はない。
 その涙とともに間違えた自分を、洗い流せばいいんだ。
 マトスはオレの両肩をつかんで揺さぶった。

「なんで殺さねえんだよ! 殺してしまえよ!」
「乗りかかった船だからだ……友達だからだよ」
 マトスは唸りまくった後、オレの肩に抱き付いた。
 やっとこいつを、地獄の縁から救い出す事が出来た。
 今度こそ……。
 その証とも言える機密情報がマトスの口からこぼれた。
「レナードは最終兵器ゼウスを使う。
 2075年12月15日、そのミサイルはオーディオキラーでも破壊不能だと言われている」
「オーディオキラーでも破壊不能だと……」
 スコットの目がピクリと動いた。
「2075年12月15日……本当か」
 大鷹の目に殺気が走った。
「ああ、間違いねえ。ジョシュ大統領はそのためにオーディオキラー封印のためアートサイダー抹殺を決行したんだ。スコットがケビン・レノンだってことも知ってる。
 俺はお前たちが殺されたことを確認することが任務だった。生きていたら、必ず殺せともな。2075年12月15日がゼウス発射の日だ。レナード兵がこの計画を実行するのも、俺からの通報待ちになっている。
 そしてスコット、もうひとつ、取って置きの情報を教えてやるよ。あんた同様……
ジミー・オーデュボンは生きている」
「なに……」
「オーディオキラーでも破壊できないプラスチック超特殊合金XYZだ。こいつはすべての音を吸収する。あんたが今まで武器としていた音波をすべて吸収してしまうんだ。つまりあんたらに勝ち目はないんだよ!」
 スコットの顔色が一瞬のうちに青ざめた。
 何かを回想しているような視点の定まらない目。しかし、その青い顔が、徐々に、徐々に熱く赤く燃えてきた。
「マトス、ここはひとつ俺たちに協力してくれないか」
 どんな逆境にも瞬時に方向転換ができる、そんなスコットの一面を見た。
 デュリオが割って入った。
「ちょっといいか。アイツら民間人だが、俺たちが敵でないことを納得してくれた。リーダーの名前はアーネスト、あの背が高い色黒の男だ。赤い服を着た女が奥さんで抱いている子供は生後半年だ。
 彼らも食糧目当てにここに来た。すでにトルコ軍はレナード軍の少数部隊と一緒にこの街を占領し始めているそうだ。厄介なことになってきた。あいつらはここ数年俺たちと民族紛争が絶えない。旧アルク国民には憎しみを抱いている。皆殺しも、やりかねない」


「右も左も敵ばっかりだな……どうする」
 オレは、大鷹とスコットを見た。
「まずはこの現場を切り抜けることだ。いつトルコ軍がこの建物を押しつぶすかもわからない。俺とデュリオとキアヌで窓に回って見張りだ。大鷹はまだ休んでろ」
 オレたちは三人が街を見張り、残る民間人達に食事を取らせた。
 つかの間の静けさも終わり、騒音は、遠くから着実にオレ達に近づいてきている。
 あの、トルコ軍の行進が逆方向へ通り過ぎてくれればと思う心。しかしその方向にも、人々が隠れている。
 所詮人間は勝手な生き物だ。
 ただ見てしまった以上、オレはこの民間人たちは仲間として守り抜く。
 早撃ちの腕を育ててくれた父にこのときばかりは感謝した。あれだけ嫌いだった銃が今、自分と仲間たちを助けていることに変わりはない。
 銃に弾丸を込め階段を駆け上がり、壊れた窓ガラスから街を見下ろした。装甲車が街を横断し、気まぐれな銃弾が市民に放たれた。
 トルコ兵は笑っている。

 許せない……。

 非情の軍団は俺たちのホテルに着実に向かってくる。
 アーネストが叫び、十数人の民間人が物陰に隠れた。
 年寄りや女子供もいる。イスラエル系の大きな目と小麦色の肌が光る少女、そしてまだ性別も分からない赤ん坊を抱いた女と、自らの体を盾にその三人を守るアーネスト。間違いなく家族だ。
「みんな物陰に隠れろ!」
 オレは叫びながら、胸の奥に父の言葉を聞いていた。

 音楽で、人を幸せにできるか……。

 わからない。だけどオレは今、目の前に隠れるあの家族を救う。
 この命に懸けても、絶対に守る……!
 抑えきれない思いが燃え上がった。
 スコットはマトスを頑丈な作りのステンレスの机の裏に隠した。
「マトス、お前は見つかったらやばい。ケビンと大鷹は死んだという情報を流してもらわなければ困る。協力するだろうな」
「もちろんだ、俺だって男だ」
 押し迫るトルコ軍の足音。その音が迫る。

 そして遂に、入り口のドアが銃弾で飛ばされた。
 トルコ兵は慎重に一人、また一人と入ってきた。そして再び銃を構える。ほぼ空洞のホテル内部。あの家族が隠れているベッドの下にトルコ兵は銃を向けた。
 オレは引き金を引いた。
 同時にオレたちの隠れる部屋壁に振り向いた兵士達が一声に銃撃に出た。横殴りの氷のように全てのものが破壊されていく。オレの銃撃をとがめる者はいない。大鷹もスコットも戦闘態勢だが、誰よりもデュリオの視線が言葉になってきこえた。

 オレたちを標的にする事で、あの家族は今生きている。
 インダス国民を守ってくれて有り難うと。

 そして大鷹がナイフを構えると、身を乗り出して投げた。
 機関銃の音が止まり、首にナイフが刺さった兵士が倒れる。素早く壁際から飛び出したデュリオが、落ちた機関銃を奪い取った。スコットがデュリオを援護射撃する。デュリオが機関銃を構えるや大逆集の銃撃にトルコ兵はホテルを出た。
 一瞬の希望にオレたちが視線を交わした瞬間、爆音と共にホテル正面の壁が更に崩れだした。
 気が付いたとき、目の前は瓦礫の山で横には大鷹がいて俺の肩を揺すっていた。
「逃げろ、トルコ軍が来る。スコットとデュリオが撃ち合っている今しかねえ。裏口に止めた車に乗り込め。お前一人でいけ」
 壁に隠れて、撃ち合うスコットもデュリオも、オレに行けと合図している。
「バカヤロウ、アートサイダーのヴォーカルは世界に一人だ」
 オレは大鷹の腕をたぐり寄せ背中に担いだ瞬間、爆竹のような痛みに倒れた。
 痛み止めの効力は消え、背中の傷は目を覚まして暴れ出した。しかし大鷹は絶対に連れて行く。この痛みは、アートサイダーのヴォーカルの痛みなんだ。

 お前が受けた拷問の痛みに比べれば……このぐらい……!
 激痛の支配に逆らって立ち上がると走った。
 大鷹は軽い。
 だから機敏に動く事が出来た。
 スコットとデュリオが援護しているがデュリオの銃弾が切れたようだ。破壊された正面の壁からは銃弾が一声になだれ込み、民間人が一人撃たれて倒れた。

 もうだめか……。

 その時、前方のトルコ軍部隊が吹っ飛んだ。
 後方からの援護射撃、俺たちの援軍なのか……!

 誰だ?!

 後ろを振り返ったとき司令官らしき男が、指揮棒を振り下ろした。
 あの赤い軍旗はロシア軍、そして、司令官はダルコだ。

「ダルコだ! ダルコが帰ってきたぞ!」

 一気に銃撃戦で怒涛の攻撃を仕掛けるロシア軍。
 トルコ軍が応戦するも勢いに押され後退し始める。しかし陣形を立て直して歩兵が突撃に来た。オレは壁際に伏せて崩れ落ち、大鷹も俺の身体を滑り落ちた。絶体絶命のピンチに、ダルコが遠くから、大鷹にヤマト刀を投げた。

「大鷹、戦え!」

 ヤマト刀を左手につかみ取るや、鞘を投げ捨て白い刃を睨む大鷹。
 そのとき、大鷹の目が魔物に変わって刃に吸い込まれていくような幻像を見た。
 大鷹の目が見開きダイヤモンドの光を放った。
 こんな体で戦えるのか!
 しかし、こんなにまぶしい大鷹の目は初めて見た。
 大鷹が変わっていく。力が、力がみなぎっていく……。
 奇跡が起きようとしている……。
 ヤマト刀をガッシリと握りしめるや、大鷹は唸り声を上げトルコ軍の真っ直中に斬り掛かった。
「ダイオーウ!」
 それまで、歩けなかった彼に魔神が舞い降りた。
 稲妻のスピードで剣閃が走り、鉄砲隊は、接近戦になす術もなく斬捨てられていく。敵兵は陣形が乱れ大鷹を撃つ兵士達は交わされて味方を乱射する。

 斬る、斬る、斬捨てる。

 耐えてきた怒りが爆発した大鷹はもう誰にも止められない。
 彼がトルコ兵を斬る姿に俺は歓喜し涙があふれ出た。大鷹の援護によって、それまで隠れていた民間人たちはデュリオの指揮によって次々とロシア軍に合流していく。
 規律を乱したトルコ軍にロシア軍が一気に潰し掛かった。
 トルコ軍は退散していく。オレたちは勝ったのか。ダルコが遂に自ら戦闘に参加しトルコ兵をなぎ倒していく。本能のまま、目を見開いたまま崩れ落ちる大鷹。気絶した大鷹をダルコが抱き上げたのを見届けて、オレの記憶は途絶えた。


「ここは……」
 目を開けたとき、そこには大鷹の微笑みが夕陽に染まってオレを見ていた。
「よお、キアヌ。もう大丈夫だ」
 その影からダルコが現れて笑った。
「ここはロシア軍救急車の中だ。みんな無事だ。アドルフもいるぞ」
「アドルフも……」
 ダルコの横にチラリと顔を見せたアドルフが笑っている。
「アドルフ……なぜお前が……」
「宮廷音楽家を解雇してもらった。オスカル国王ぅは、最も誇り高きグリオだと言ってワタシを見送ぅってくれた。その後ダルコと連絡をとってロシア軍に合流した。もう一度お前たちとロックぅをやりたくてな」
「ダルコ、アドルフ……みんなバカだぜ。そんなにロックがやりたいか」
「キアヌ、言ったはずだぜ。ワタシはお前のギターに惚れたんだ」
 オレは立ち上がってアドルフとダルコの手を握りしめた。
 ダルコの軍服、その胸にはいくつも勲章が光っている。彼は以前ロシア軍で有能な将軍だったのであろうことを示すきらびやかな勲章。その冷たく揺れながら織りなす光沢は、ダルコの心の奥深く刻まれた悲しみに見えた。
「キアヌ、全て聞いたよ。牢獄内でのことも、マトスのことも、あんたの親父さんが、レナード政府によって殺されたってこともな」
 拷問と脱獄、窮地からの生還、それらすべてが混ざり合った中でその事実は、オレの憎しみという感情を麻痺させていた。
 ワールドツアー前のオレだったら、殺人鬼と化してホワイトルークに殴り込んでいただろう。しかし、あの時の視界では見えなかったものが今は見える。
 父の本当の仇はゲーリー前大統領、ジョシュ大統領、この二人だけか……いや違う。
 軍国主義と化した、今のレナード政権がこうさせたんだ。ダルコが酒場で話してくれたことを思い出す。
 父が最も望んでいる事は何なんだ。
 ダルコが教えてくれたことじゃないのか。殺戮連鎖をすることではない。今や世界最終兵器と言われるゼウスを破壊することだけだ。

「ダルコ、オヤジがロックをやれと言った本当の意味が、四年も経った今、やっと分かったよ。ロックは自由と平和の象徴なんだよ。その精神が根底にあるからこそ、オヤジはロックをやらせる事によってオレの目を開かせてくれたんだ……」

 ダルコは瞬きで頷いた。
 大型トラックの荷台ほどの広いスペース、その一番奥の壁際に、ひざを抱えて座り込んだマトスを見つけた。彼は少し照れ笑った。
 このとき、スコットの声が響いた。
「キアヌ、大鷹、オーディオキラーのキラースピーカー完成の連絡があった。ロバートとサーウィンからの報告だ。これで、世界を相手に戦える!」
 メンバーの十個の目がロック色に光った。
「しかしハーシミーを倒さない限りこの国からは出られない。インダス連邦は都市爆破をするかもしれない……」
 デュリオの言葉に全ての男達の目つきが凍てついた。
「どういうことだ、デュリオ」
「敵に占領されるくらいなら、捨てた方がマシということだ。
 そしてインダス連邦が使う最終兵器アバドンだ。これを使えばレナードが崩壊する。そしてレナードもその情報は得ている。同じく最終核兵器のゼウスを落とすだろう。そうすれば中近東一帯が爆風に見舞われ10億の人間が死ぬ。
 衛星の数にまさるレナードがアバドンを撃ち落とし、ゼウスはインダス連邦に命中する……正当防衛という大義名分もたつだろう」
「ゼウスの軌道を俺が確認するよ。実は上官に気に入られてな。あのホモ野郎、俺の頼みなら何でも聞く」
 マトスがオドオド立ち上がった。デュリオが俺に視線を送り、察しが付いた。マトスがどれほど惨めな思いに耐えてきたのか。
 スコットが最終決定を下す。
「ハーシミーの要塞を破壊するしか生き延びる手段はない。そしてレナードと同盟国の連合軍をオーディオキラーで破壊する。ジミー・オーデュボンとの決着も、付けなきゃな。こっちにも秘策がある」
 そしてダルコが全軍に指示を下すべくマイクを取った。
「いいか、これより我が軍はトルコ軍を撃退するべく、この街に停滞する」
 ダルコもまたロシアの命令に背き、立ち上がった。アートサイダーは誰にも止められない。味方になる国はなくとも、人類は全て俺たちの味方だ。
 そしてオレはもう1人、無事を知らせなければならないキャサリンに、みんなの了解を取って、すぐさま電話した。早く連絡してやれと言ったダルコの温かい視線に見守られながら。
 七回目のコールで彼女の声が耳に飛び込んだ。
「キアヌ、キアヌなの!」
「オレだキャサリン、信じていてくれたんだな」
「キアヌ……よかった、ずっとあなたを信じていた」
 その声はこの前よりも希望に満ちて明るく力強く聞こえた。仲間たちも温かくオレを見守っている。その視線に後押しされて、オレは言った。
「これから、どんな情報が流れようと、オレが帰ってくるまで信じていてくれ。オレがレナードに帰ったら、結婚してくれ」
「……有り難う……待ってるわ……キアヌ」
 瞳を閉じた。こうすることで、キャサリンに逢えるから。どこにいても、どんな時でも、その美しい笑顔はオレを包んだ。


 その翌朝、姿を消したデュリオからオレの携帯に連絡があった。
「デュリオからだよ。仲間を連れてこの国から亡命した……自分はインダス兵として彼らを守る義務があるってさ。海賊船さ、予め準備していたらしい。食糧も半年分ため込んでいるそうだ。彼らに生き残る道は、もうそれしかない。大西洋に向かうそうだ」
 ミサイルと弾丸で壊れた街に俺は立った。
「海賊になってでも生き抜く事が大切だよ。これが現実だ……この危険すぎる街にいるよりはいいだろう」
 背中から聞こえた声はダルコだった。
「彼らを受け入れてくれる国が、きっとある筈だよ。彼らも、生きるために戦っているんだ。生きるために闘う人たちには、必ず協力者が現れる」
「そうだな。レナードでは今、アンソニーとロバートが戦っている……彼が大統領選になって、何とかするさ、古き良きアメリカを復活させるんだ」
 そのためにオレは戦う。
 今はただこの国を守るために。

 ファンを守るために。




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