オ ー デ ィ オ キ ラ ー
Audiokillar
To Audiokillar TOP
 Audiokillar ◆目次◆
 第三部 LIVE・戦いの果て

 最終章 Audiokillar

     〜 角魔大鷹の章 〜



  遠くの空が爆発した。
 インダス連邦の戦闘機部隊がレナード兵戦闘機を撃ち落とした瞬間だ。
 無人戦闘機を撃ち落とすインダス連邦のパイロットたち。ここは大西洋上空。中近東にレナード兵が攻撃を仕掛けるとき、この海域は大軍の通過点となる。
 ゼウスの軌道確保を兼ねた制空戦、世界最強を誇るレナード空・海軍の戦闘機にインダス連邦の軍事力が唯一対抗できるのがこの空軍だった。そして、大統領でありながら元空軍出身のハーシミーは自ら戦闘機に乗り込み戦った。
 アートサイダーを乗せた複座型F/A59ネオホーネットがパターン化された攻撃のレナード軍F55グランドラプター編隊を粉砕していく。いかに敗戦濃厚なのかを物語る大将捨て身の特攻隊だ。
 敵軍は全て空母艦から、リモコン操作されている。
 自ら先頭に立ち司令を下すハーシミー。Vの字に組んだ戦闘機部隊の中央に俺を乗せたハーシミーが言った。
「角魔大鷹、お前を拷問にかけた私の、虫のいい遺言を聞いてくれるか」
「遺言次第だ」
「ゼウスから、インダス連邦を……守ってくれ」
「勿論だ」
「必ずだぞ」
「武士に二言はない」
 耳障りな爆音は、戦闘の激化を知らせた。
 もはや敗北寸前のインダス連邦に、レナード軍はトドメを刺しに来ている。
 目まぐるしく指令を飛ばすハーシミー。俺にはサッパリわからねえがハーシミーには天才の匂いがした。俺は今、この男の操縦桿に全てを託している。
 戦え、ハーシミー。
「角魔大鷹、お前は決して流されるなよ。俺のように生きてはならぬ……この戦争の勝利、俺は信じているぞ!」
 大空に、火花が投げ付けられたようにこの戦闘機めがけて飛んでくる。レナード軍戦闘機の残骸だ。形勢は逆転したのか。次の瞬間、彼は俺の方を振り向きニヤリと笑った。
「お前のような男に会えたことだけが、俺の人生の宝だ」
「なに……」

「さらばだ……角魔大鷹」

 それは俺にも、ハッキリと聞き取れる、美しきヤマト語の響きだった。
 そして次の瞬間、脱出装置が作動し俺は空中に投げ捨てられた。身体が方向感覚を失った。憎しみに燃える戦闘機は、その標的となるレナード軍へ向かい消えた。
 大爆発と共にハーシミーの怒りもまた遙か西空に赤く燃えた。
「死ね! レナード軍」
 息苦しい、酸素の薄く冷たい大空に、言霊は俺を包んだ。
 見事だ、ハーシミー……。


 蒼いコバルトの中に黒い島を見つけた。
 レノン島上空を、五機のネオホーネットが順番に通過し、パラシュートで島に上陸する作戦だ。事態は一刻を急ぐ今、ベストな作戦はこれ以外にない。
 後はうまく着地するだけだ。
 すぐに蒼いコバルトの中央にレノン島が俺の目に飛び込み、僅か数百メートル遠くにキアヌを見た。
 蒼いコバルト、その色が誰よりも似合うキアヌが近付き、俺の手を掴んだ。キアヌのその目が海のコバルトを何処までも弾き返して光り輝いた。
「モルジブの海より蒼いぜ!」
 この空中でもキアヌの声はしっかりと聞き取れた。
 海を見下ろしたとき、レノン島の黒い岩が東西南北に開き始め、中心部に巨大ピラミッドのような金と黒の要塞が現れた。
「あれがオーディオキラーのステージだ!」
 スコットの目が野生の光を放った。
 金のヒトデのように四方に開くピラミッド。
 その中央のステージにダルコが舞い降り、俺が立ち、キアヌがたどり着き、アドルフ、スコットが着地した。
 真っ黒な床、金のマイクスタンド。中央にはグリオのアドルフが叩くに相応しい黄金のドラムキッド。2バス、7タム、シンバル10枚の光がバチバチと目に眩い。
 十年前のステージがこれ程までにも変わっていようとは……。
 迎え立つ科学者達の中に、あのレノン島襲撃時の生き残りがいた。
 全てが、やけに嬉しかった。

 ただ、ダルコのことを除いては……。

 そして報復に燃えた。
 科学者達と悪手をするスコットを見ながら、俺には分かった。
 オーディオキラー開発者である彼が囮となって世界を飛び回っていたからこそ、このレノン島は無事だったんだ。
 あの時レナード兵の襲撃を受け無念のままに、ヤマトへ逃げ帰った少年時代、あの時の報復をするときがきた。
 ハーシミーの要塞襲撃から即レノン島へ着いたメンバーはみな黒のロシア軍服で俺だけが黒の忍者服だ。このライブにはお似合いの衣装だ。
「ハーシミーの突撃がレナード軍を退却させた……」
 俺の言葉にダルコがうなずき、黙とうした。
 そしてスコットが黙祷し、やっと戦況判断したキアヌは俺たちの目を睨みながら言った。
「みんな……オレは今、一人のレナード国民として、みんなに詫びたい。ハーシミーは本当のことを言った。人と国は一体でなければならない。その通りだ」
 キアヌは頭を下げた。歯を食いしばり、腕を振るわせながら……。
「世界を変えるのもレナードなんだよ。レナード政府は嫌いだが、レナード人はいい奴ばかりだ。そのことを証明してくれたのが、お前だ」
 ダルコがキアヌの肩を握った。
「レナードは可能性の国だ。アートサイダーはそこに生まれたバンドだ。世界を壊そうぅとしているぅのもレナードかもしれないが、それを救おうぅと立ち上がっているもレナードのバンドじゃないか。お前もマトスぅも、いい奴だ」
 アドルフもキアヌの肩を叩いた。じっと笑顔で見守るスコットはキアヌのオヤジみたいだ。
 俺はギターを取り、キアヌに渡した。キアヌはガッシリと、ネックを握って、ベルトを肩にかけた。
「いいか、ロバートから最後の連絡が入った。レナード軍は、明日の午前九時、インダス連邦に向けて総攻撃を仕掛ける。インダス連邦軍事基地崩壊が目的だ。今からオーディオキラーの仕組みを話す。
 まずメンバーは、このエモバンドをつけてくれ」
 各自の腕にピタリとフィットする黒光りする鉄の腕輪には紅いランプが五つ付いている。装着した瞬間、軽い電気が走り、俺はスコットを睨んだ。
「このリングはお前達の心臓の鼓動と脳波を融合し、機械では不可能と言われた感情のエネルギー、エモーショナルエナジーを取り込む事を可能にする。このリングからおまえたちのエネルギーがこのピラミッドの増幅器を通過して全スピーカーにキラーサウンドを発射させる。演奏に失敗は許されない。
 そしてギター、ベース、ドラムの各パートからはエモーショナルエナジーを光と融合したレーザーが発射される。ヴォーカルの大鷹はこの剣を使って大空を斬れ」
 俺はスコットから剣を渡された。
「これが最新のゼウスを斬る最終兵器か」
「そうだ。ゼウスの外装は超特殊合金XYZで作られている。その合金を斬るのはこのアバダンソードしかない。これは私とジミー・オーデュボンの勝負でもある。オーディオキラーのもう一つの武器、エモーショナルビームだ」
「海からの敵にはどう対処するんだ」
 ダルコの鋭い指摘にもスコットは笑みをこぼす。
「水中にも音波砲は装備してある。音波は水中では、地上の五倍の速さで伝わる。しかも破壊力抜群だ。潜水艦からの攻撃も撃沈できる」
 ダルコが軍人の目で頷いた。
「オーディオキラーは進化したんだな。十年前より遙かに……」
「そうだ。キアヌと旅しているときもワールドツアーの時もノートPCで設計の指示を送っていたよ。この十年という月日をかけて、あの時の報復をするためにオーディオキラーに改造を続けた」
 俺はスコットとの無念の記憶をなぞり、アバダンソードを握りしめた。
「俺の二つの居場所を、一つにしてくれたって訳か」
「そうだ大鷹。科学もまた芸術だ。とどまる事はない。ロックは、武力に負けてはならないんだ」
 スコットは目を光らせ頷いた。
 ロックは、武力に負けてはならない。
 スコットだからこそ言える言葉の響きは、キアヌの目を蒼く燃やし、ダルコの目を熱く透き通らせ、アドルフの目を焼き焦がした。
 ステージから各パートの液晶スコア譜が現れ戦場ライブの曲順をデジタルで映しだした。
 俺たちがレナードで出した、そして、ワールドツアー中に完成させた三枚のアルバム。全三十四曲の順番がそのままに書いてある。命がけの戦闘の中でみんなが心をひとつにして、曲を演奏することが出来るだろうか。
 俺は一度経験しているから分かる。
 目の前にミサイルが飛んでくる恐怖をすでに経験ずみの俺とスコット、軍人であるダルコはともかく、キアヌとアドルフが心を乱さないだろうか……。
 俺から見た二人の目は、同じ恐怖に微かに震えている。スコットがそんな二人の肩を握って間に入り微笑んだ。
「楽しもうぜ、キアヌ」
「楽しむか……」
 キアヌの目から雲がロックの風に流され、晴れ渡った空のように光に満ちた。
「アドルフ、呪いの儀式を頼むぜ。サウンドに呪いをかけるのは、ジェンベフォラのグリオ、お前にしかできない」
「グリオか……」
 黒い肌にクッキリと映えるアドルフの目に、静かに、精霊の光が宿っていく瞬間が見えた。静かに笑うアドルフ。
「ミサイルでも何でも来い、このバンドに入ったときから、俺の人生はいかれちまった。いや、グリオの時からいかれていたのかもしれない……オレの呪いで撃ち落としてやるか……全てのミサイルを」
 そして俺に対してはいつも語らず、黙って熱く見つめる。さすがはスコットだ。いつもカミソリのような目でしっかりと人の心を把握する。
 そして、戦いのリハーサルが始まった。
 歌うのは、そして楽器を弾くのは俺たちメンバーも3カ月ぶりだっていうのに体に染み付いたプレイはすぐに一体感を極めた。戦いに疲れたメンバーを癒すサウンドにキアヌの目から光る滴が潮風に飛ぶ。
 アドルフの汗も涙混じりに振り飛ばす。
 頷くスコット。またの名をケビン・レノン。俺達のエモーショナルエナジーをキーボードのパラメーターで計り続けるその目は奴の戦場が見えた。
 大した奴だ。アンタこそ人生の全てをオーディオキラーという狂気の芸術に捧げて、俺達メンバーを運命の糸にたぐり寄せてくれたヒーローだよ……。
 明日はオーディオキラーの力を最大限に出してやろうぜ。武力の狂気とロックの狂気、どっちが勝つか勝負だ。
 そして俺のハートは真っ白な空間へ向かい加速していく。



 レノン島は夕陽に染まり、夜が来た。
 孤島を取り巻く海。波は荒々しく岩場に打ち付ける。まるでこの孤島を深海の奥深く沈めるような勢いで。こんな感情は敵に対する恐怖が生むものなのか。
 ちがう……今さら死ぬ事は恐くない。この海底深くに眠る死者たちの霊がオレを呼んでいるような心境だ。
 俺もまた罪人、今までに数え切れぬ兵士を斬った。この狂った世界で、生け贄のように死者を出して、それでも世界は変わらない。

 ダルコ……。俺にも僅かばかりの人間らしさが残っていたようだ。
 やけに胸の傷まで痛む。

 キアヌはギターを片手に座り込んだまま一睡に付いている。
 戦いで疲れ切ったメンバーの中で、ダルコだけが目を一番大きく見開いてベースを絶えず弾いて確認している。
「明日はライブだ、さっさと寝ろ」
 と言ったケビンが、一番慎重に明日の敵軍の攻撃進路の予想をレナードと連絡を取り合っている。たしかロバートとか言っていたか……キアヌの家で少しの間世話になった、あの紳士的な男の事か……。
 ドラムで最も体力を使うアドルフも、ここが落ち着くと言ってキッドの中に埋もれバスドラに背をもたれたまま、二本のスティックを胸に静かに眠っている。
 上着を脱ぎ、鋼鉄の胸板を覗かせながら、ダルコは静かなベースの低音を、いつまでも孤島に響かせている。
 その音が止まって、俺を見ている。

 来るべき瞬間が来た。
 ダルコは静かにベースを起き、俺の方に歩いてきた。
「大鷹……」
 肩の力を抜きながらも、俺は戦闘態勢を取っていた。ダルコは無防備に歩いてきる。あまりに自然な歩調が、俺の警戒心を解いた。
 ダルコの大きな両腕に、俺は抱きしめられていた。
「ダルコ……」
 その腕は優しかった。悲しそうなダルコの目には、うっすらと光る物があった。もう、隠し通すことは出来ないと思った。
「見たのか……」
「ああ、ハーシミーを探すときに閉じられたゲートがあった。当然破壊した。お前の傷が気になってな。つい死体を確認してしまったんだよ……」
 ダルコの息は乱れ、必死に悲しみを抑えているのが分かった。その手は俺の頭を撫でていた。兄貴のような、そんなぬくもりを感じた。
「ダルコ、すまぬ」
「お前が謝る必要はない……ないんだ」
 そして、その手はゆっくり離れた。

 そしてもう、何事もなかったように、再びベースの低音が響き始めた。

 思春期を山で過ごした俺は、夜の野生を懐かしみ空に剣をかざした。
 夜の野生が好きだ。海に潜む生き物たちの殺気までもが、サメの背びれに乗り移って、要塞のライトが照らす海面にチラリと横切った。
 ケビンがタバコに火をつけ、俺をチラリと見た。
 静かな夜、普段は煙たいタバコの煙さえ、この無機質なほどに澄んだ空には人肌の暖かさになった。
 俺たちは世界を相手にロックで戦う。瞑想のまま夜が更けた。


 そして、キアヌの目覚めが大西洋の東に朝陽を呼んだ。立ち上がるキアヌ、そしてアドルフのスティック。ダルコの眼が軍神の光を放つ。
 運命のアルマゲドン、2075年12月15日が来た。

 その朝陽の彼方から黒い船が押し迫ってくる。
「来やがったか! あいつら!」
 ケビンが飛び出した。黒い塗装は海賊船にしか見えない。
「まさかレナード海軍か」
 黒い船は一隻ではない。

 五隻……六隻……
 いや……もっと来る。
 十隻……全部で十五隻だ。

「違う、デュリオだ! この島の位置をあいつには教えていたんだ! 来やがったか、このロッカー達の墓場によお!」
 波を押し切りながら、黒い船はどんどん近づいてくる。

 難民と兵士、全てはインダスの人々だ。岸にたどり着いた船から吹き出てくる人々。ステージの前を埋め尽くす厳かな人々の行進。何千にもなると、その足音と息吹だけでも十分に熱くなれるノイズだった。
「キャサリン!」
 キアヌが叫んだ。その最前列をデュリオと並んで歩く女は、紛れもなくレナードで見た彼女だった。走り出すキャサリン、キアヌはステージの前で立ち止まり、決してそこを降りようとはしなかった。ケビンがニヤリと笑った。
 いつも最高の演出をしてくれるヤツだ。
「あいつもプロの記者だ……。デュリオと地中海で合流したそうだ。この世紀のライブを取材に来たとよ」
 スコットがキアヌの肩を掴んだ。

 キャサリンの潤んだ瞳は俺の目に、カルリーネとダブって見えた。
 あの取材で抱きしめられたときの肌のぬくもりを、想い出させてくれた。とてもカルリーネに似ていた。
 誰かの姿を借りてまでも、俺にエールを送りに来たような気がした。

 カルリーネ……お前には、俺のロックをまだ一度も聴かせていなかったな。
 聴いてくれ……ロックを。

 大観衆は人の水平線。突き上げられた1つの拳が、波紋を広げ一気に数千の拳に火花をつけた。
 耳に飛び込むダイオウコール。
 ロックを聴きに来やがったのか……。
 やつれた頬、ほころびた服、生死の境目を航海してきた強い魂の輝き、その目は、俺達に訴えかけてくる。

 聴かせてくれ、歌ってくれ……。

「見えるぜ……綺麗な目が」
 キアヌが俺の肩を掴んで、濡れた頬も拭わずに笑った。
「最高の観客たちじゃないか……」
「ロックバカはどうやら、オレ達だけじゃないようだぜ」
 アドルフの頬まで光っている。そして俺は最後にダルコと視線を合わせ、互いの闘志を確かめ合った。

 褐色の肌と大きな瞳、こんなガキたちを死なせてたまるかよ……。

 アートサイダーの闘志は一本の剣になった。
 西空の遙か彼方が銀色に光る。無数のF―95戦闘機だ。
 無人島を埋め尽くすインダスの大観衆が俺を呼ぶ。無数の拳が天に突き上げる。
 俺はマイクを取った。

「行くぜ!」

 クラシック演奏が流れ、孤島をさざ波が取り巻く。
 キアヌの早いギターリフがうねりをあげ、ベースとドラムが畳みかけるように爆裂した。キラースピーカーから爆音が鳴り響いた瞬間、敵空軍の戦列がぶれた。演奏を始めるメンバーの目はマジだ。
 俺が書いたヘビーメタルロック、INFINIAが大西洋の波を揺るがした。
 右手にマイクを握りしめ、左手にヤマト刀を握りしめる。
 前方の戦闘機が爆発した。アドルフの呪いがエモーショナルレーザーになり、サウンドに更なるパワーを与えた瞬間だ。
 俺は叫んだ。
 大観衆の肉声がエモーショナルエナジーを上げる。俺と一緒に歌う。
 前列の戦闘機F95が爆発した。オーディオキラーのパワーも、俺の声も威力を増している。次々と襲いかかるミサイル弾がこのステージに到達出来ず空中爆破する。
 一瞬のうちに地獄海。
 褐色の爆煙に染まる西空。
 キアヌのギターからもレーザーが発射された。
 ダルコのベースからもレーザーが天に伸びた。次の瞬間、大空に星が光った。レーザーが、軍事衛星を打ち落とした瞬間だ。
「大鷹、剣を振れ!」
 スコットが叫ぶ。俺は天に剣を突き上げた。身体中の電気が吸い取られ腕が心と痺れる。剣が発光し、レーザーが空を切り裂いた。
 腕が衝撃でガクガク振動する。
 この腕がちぎれ飛んでも歌は歌えるぜ。大空に剣を振った次の瞬間、再び星が光った。人工衛星が爆発した光だ。
 空中では爆発した戦闘機がアートサイダーに押し迫る。火と鉄の塊はピラミッドに激突し、爆発して水柱を立て、波は会場と俺たちに叩き付けステージから流れ落ち、島から流れ落ちた。
 アートサイダーは一糸乱れず演奏を続ける。無数の鉄拳も天に突き上げビートを刻む。 俺たちは止まらない。
 命の続く限り、演奏を続ける。
 ライブが終わるまで
 空は褐色に炎上し、海のコバルトをも赤く染めた。レナード兵最終兵器ゼウスは宇宙空間に突入した。キラースピーカーは大空に向けられた。
 ゼウスとオーディオキラー、一騎打ちの時が来た。
「会場のエモーショナルがパワーを上げている! 行け! 大鷹!」
 大西洋一帯が俺たちのロックに包まれた。
 兵器という兵器を打ち砕け!

 人類最強の殺人兵器よ、俺たちと勝負だ。ぶっ壊してやる。すべて。
 目の前に押し迫る全ての兵器が奪ってきた命……。
 こんなくだらねえものを作りやがった奴らよ、てめえらの私物と共に死ね!

 西空に、俺は全力を込めベルカント唱法でシャウトした。
 ダルコの豪腕スラップがバチバチと海面に叩き付けられ津波を起こす。
 ヘッドバンキングしながらリフを刻むキアヌがソロギターの演奏に入ったとき、そのサウンドは空間を切り裂いて戦闘機を切り落とす。
「ゼウスが来るぞ!」
 心臓破りのハイテンボで、アドルフのスネアが炸裂し、汗を振り飛ばしてシンバルを鳴らす。大音が海を揺るがし、海面から水柱が突き上げる、突き上げる、突き上げる。
 俺は真っ白な心のままに本能で絶叫した。
「大鷹、あの赤い光目がけて剣を突け!」
 ケビンが叫んだ。
 黄金のピラミッド頂上から発射された赤いサーチライト目がけ、俺は剣を突き上げた。 あれがゼウスだ。
 俺の腕が光り出し、みなぎるエネルギーはレーザーとなって撃ち放たれた。
 シャウトする。
 この剣でゼウスを破壊する。
 死んでもいい。ゼウスと刺し違えるなら。インダス連邦の無数の瞳が俺の心を光に包んだ。俺のもう一つの空間、剣の光。
 声で張り裂けそうなほどに身体が振動した。心臓から飛び出すエナジーが、腕から剣を伝い激流が宇宙を貫く。鼓動がアドルフのスネアと重なった。
 心拍数215……。
 俺にとって最高のライブ……

 この日のために俺の全てがあったんだ……。
 何も見えねえ、白い光しか……。

 無の世界……
 宇宙が光った。赤く血の色に。
「ゼウスが落ちたぞおーっ!」
 スコットの叫声が耳を裂いた。宇宙から舞い降りた爆音がゼウスの敗北を知らしめた。 ゼウスは爆発した。
 後追いするように海面の数十隻の戦艦、空母艦が大爆発を起こした。爆煙が西空を消して舞い上がる。
 散りばめられた赤い火のカケラ。
 ゼウスのかけら、燃える鉄屑の雨が大西洋に降り落ちる。
 燃える海。戦争の終わりを散りばめた残骸。
 最後の曲を終えたとき、海には静けさが訪れた。
 インダスの喝采が津波になった。美しき瞳が見える。
 キアヌが俺を見た。
「大鷹……お前にも聞こえるか……この島だけじゃねえ、インダス連邦国民の喝采が」
「聞こえるぜ。ハッキリとな」

 アドルフが荒い息に腹筋を波打たせながらタムの上に崩れ落ち、大空を仰いだ。ダルコがベースをステージに静かに置いた瞬間、俺はやっと勝利を実感した。

 第三次世界大戦が、終わった……。

 しかし……
 大戦に終止符が打たれても、世界から戦争が無くなる事はないだろう。
 俺たちは世界から武器が消えるまで歌い続ける。
 この、最高の拳を突き上げる観衆達と。
 俺の魂の居場所を創ってくれるこいつ等と。
 芸術は決して、武力に負けてはならねえ……。
 俺達は、ロックだ。

 そしてキアヌの輝く目が、抑えきれないエナジーと共にリフを刻む。
俺の想いは爆発し、マイクを握りしめ叫んだ。







Back