オ ー デ ィ オ キ ラ ー
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 第一部 蒼き炎 〜キアヌ・クルーガー編

 第七章 ホワイトルークの陰謀



 キングKの楽屋。テーブルに置かれた新聞を声に出して読み上げた。
「ニューヨークへ向かう途中の山道で大型トラックが墜落した。レナード兵の特殊部隊、1人が死亡、14人が負傷した。テロの可能性がなかったかを警察、FBIは現在検証している……」

 新聞を投げ捨てた。テロという言葉が心の奥にしまい込んだ筈の闇をよみがえらせた。 テロ……レナード兵に対する無差別テロ。
「まさか……アドルフ、あんたがあのライブでかけた呪いはこれだったのか……」
「そうだ。攻撃は最大の防御だろうぅ」
 毅然と答えるアドルフの目には貴族的な奢りさえちらついて、怒りに火をつけた。
「コイツらがオレらの命を狙っているっていう証拠があるのか!」
「全くぅないね」
「一部の奴らとは関係ない……部外者かも知れないんだぞ!」
 アドルフの目が、悪魔の精霊が乗移ったようにむき出しになり、怒鳴りつけたオレの襟を掴んだ。
「助けてもらったことを感謝するぅんだな。これは正当防衛だ!」
「無差別殺戮が正当か」
「レナード兵なんてクゥソくぅらえだ! 綺麗事もいい加減にしろ!
 ワタシたちは一度殺されかかったんだぞ!」
「しかしこいつらは関係ない可能性が高い!」
「関係あるぅかもしれないんだ! 攻撃は最大の防御だ!」
 アドルフのパンチに、壁に背中を叩きつけられた。

「お前のやっていることは、レナード兵に対する無差別テロだ!」
 アドルフにパンチを振るうが交わされ、フックを食らって体がねじれ、ボディーブローを打たれ丸くうずくまった。
 レバーが痺れる。

 やるじゃねえかマサイ仕込み……上等だ。

 アドルフはどうだとばかりに腕組みしてオレを見下ろしている。
 空手っぽい立ち技が得意なようだがケンカはそれだけじゃねえ。
 オレはタックルして、肘打ちを耐えながら力で押し倒した。
 馬乗りになって殴る、殴る、殴る。
 誰かに肩をつかまれ立たされると正面に大鷹の顔とパンチが飛び込んだ。俺が倒れて見上げるや、起き上がったアドルフが立ち上がって、オレにつかみ掛かろうとするが大鷹の膝蹴りを食らってうずくまった。

「頭冷やせ! お前ら」

 大鷹のでかく響く声は消火器よりも強力だ。
 オレとアドルフはにらみ合ったまま息を荒げた。静まり返った部屋に、二つの荒い息だけが反響する。
 大鷹はドサリとソファに座り、それ以上何も言わなかった。
 魔物を匂わす目は殺気がみなぎって、このオレとアドルフにさえも恐怖を与えた。
 刃物のような目つき、逆らえない、その領域を踏み切ったらタダではすまない、そんな危険なオーラが漂っている。
 アドルフはため息一つ、ソファに座って大鷹と向き合い、その領域に踏み込んだ。
「お前はどっちの味方だ……こいつらが私たちを狙って来た可能性はあるぅんだぞ!」
「俺はお前の味方だ」
 大鷹は冷たく言った。オレは異議を言う大鷹にもムカつき睨みつけたが、ヤツは構わずに続ける。
「軍人は人を殺すのが仕事だ。殺されても文句を言う資格はねえ」
 俺は大鷹を睨み付け襟元を掴んで言った。
「あの阻害した軍事パレードの中にだってな、俺達の曲に共鳴する男もいた。いたんだよ!軍人だって人間だ。兵隊だって人間だ!」

「人間は武器を持った瞬間に軍人であり兵士になる。人間でなくなるんだ」

 どんな反論も返せなかった。……その通りだからだ。
 ダルコが部屋に入ってきた。
「隣部屋まで聞こえたよ、三人ともいい声だ」
 そしてダルコはアドルフの隣にゆっくり座った。
「確かにメンバーは二度もレナード政府の黒幕に命を狙われた。アドルフのとった行動は、アートサイダーが活動を続けていく上では確かに正当防衛だ。キアヌ、今お前が、生きてギターを弾いていられるのは、アドルフのお陰だと思え」

 確かにそうかもしれない。
 ただそれでも……納得できない。
 あいつらはただの訓練だったのかもしれない。レナード兵にだって愛国心で戦ってやるヤツもいる。
 初めてメンバーとの国境を感じた。

 オレだけがレナード人……。
 こんな思いを潰していきながらバンドをやっていくのか……。
 そんなオレをダルコは笑顔で見つめてアドルフの肩にポンと手を掛けて言った。
「ただな、アドルフ、私はこんなキアヌの優しさが好きだよ。
 自分の命を狙ったかもしれない相手に対しても、哀れみを持つっていうのは……そう出来る事じゃないぜ」
「武士道だ、ヤマト古来の武士道は、そういうものだ」
 そう言った大鷹とオレの視線が重なった。
 アドルフはため息をついた後、ダルコに肩を揺すられて笑みを返した。
「これからもレナード兵に呪いをかけていくのか……」
 アドルフはため息をついて、ソファに腕組みをしたまま沈んだ。
「キアヌぅ、ワタシは今までにも、何度も軍のために叩いたことがあるぅ。セネガルにいたころは、国王の為に、ウガンダでは、反政府軍のために呪いをかけてきた。
 じゃあキアヌぅ、お前は無抵抗のまま死ぬか?それで本望か。
 ワタシは……みんなを守りたかったんだよ。このメンバーに降りかかるぅ全ての危機をワタシのタムで振り払いたかった。
 それだけだ!」

 オレはまた返す言葉が無くなった。
 ダルコは哀しい目をしている。しかし彼が答えを出してくれそうな木がした。
 思いしかないオレの答えを……。

「アドルフ、目には目を、剣には剣を、音には音を……っていうのはどうだ」

 オレもアドルフも目を見開いた。
「全てのレナード兵が俺達を狙っているのならお前の行動に誰も反対はしない。しかしあいつらにもアートサイダーファンはいる。
 俺達を狙っているのは特殊部隊だ。Audiokillarは機密情報だからな。軍にいた私には分かる。恐らく特殊部隊以外は知らないはずだ。軍が動くことはない」
「しかし、優秀ぅな兵は特殊部隊に入るぅ」
「そこで迎え撃てばいい」

 アドルフは目を閉じ、ニヤリと頷いた。
「分かった。そうするぅよ……」
「本当は君にも、もっと純粋に音楽をやって欲しかったが、戦国時代と同じだな、なあ大鷹。やらねばやられる。こればかりは回避しようもない」

「結局ワタシは、祈祷師から逃れられない運命にあるぅんだな」

 オレは納得した。
 少なくとも無差別に呪い殺すよりはいい。
 大鷹が剣を半分抜いた。
「剣には剣、俺はそれで十分だよ」
 相変わらず凶暴さだが筋の通った悪魔、角魔大鷹。白刃の光を眼に確かめるように反射させ、カシャンと鞘に収めた。



  *             *



 あのライブ以降ファーストアルバム『SKY』はレナード合衆国だけで5500万枚という驚異的な売り上げを記録した。緊迫する世界情勢の中で、世界共通の空で表現したこの歌詞は、レナード合衆国市民の願いが歌われているものとして評価される一方、保守派、政党支持派の国民及び政府にはバッシングを受けた。
 そして記者会見がCBSテレビ局で開かれた。
 批判のターゲットになった歌詞は
「神も信じない 国も信じない 空だけを信じると」
 さらには
「血に飢えた思想が神を名乗りながら世界を壊す夜に……」
 の部分であり、一部の教会からもイエスを信じないとは世に公表するべき歌ではないと警告を受けたが、この歌詞を書いたオレは、メンバー代表として記者会見で歌詞の真意をアピールした。

「ならばあなたは神が命令したからといって人を殺しますか、愛する者を殺しますか。
 世界では無意味な戦争が毎日のように起きている。
 そしてそこには必ずといっていい程、宗教が絡んでいる。宗教が悪いのではない。
 宗教を仲介して解く、間違った解釈をして国民をだまし私利私欲を満たそうとする一部の政治家とその黒幕がクズなんだ。
 この歌詞の中では神の名を語る、偽りの神を信じないと説いている。だからこの歌詞は反宗教歌ではない。書きかえるつもりはない」

 胸にけん銃を突きつけられたような心境の中で、オレは亡き父と同じ道を踏み出した。記者達は静まりかえった。この中にさえ、オレの命を狙うものがいるかも知れない。それでも構わない。あのモルジブの海で父に誓った言葉を、今証明してやる。
 ロックの精神は反抗なんだ。
 そして反抗から改革は生まれるんだ。
 アートサイダーの怒りは国民に乗り移った。暴動、反戦デモは全州で吹き荒れた。

 レナードとインダス連邦の対立は更に深まっていた。
 宗教、歴史的背景、そして貿易黒字、全てが絡んだ複雑な国交の基盤にあるものは、かつてレナードがインダス連邦設立以前に、民族紛争で争っていたアルク国を攻撃し、インダス連邦建国に加担した事による。敗北した隣国は無条件降伏し、インダス連邦国土となったものの、恨みの血は根絶える事はなかった。
 レナードがインダスに味方した本当の理由は、戦争によって武器を大量に輸出し、国益を生むという卑劣な目的のためだった。
 貿易においても常にレナード側有利の条約を結ばれた。
 敗戦した旧アルク国民は反発を起こし、そしてインダス連邦大統領選にて旧アルク国民が選ばれたことにより政体は変わりレナードとの国交は悪化した。



 アートサイダーデビューから一年が過ぎ、この時期、大鷹の書いたINFINIAが初めてレナード合衆国チャート、ビルボード、そして英国、ヤマトでも1位になった。
 無限の可能性目がけ、国民は角魔大鷹というカリスマに導かれ共に戦う意識を持ち始めていた。反戦ムードはレナード市民にも火をつけ、各都市でデモや暴動は激化した。

 この状況に対処すべくか、アートサイダーはワシントンDCのホワイトルークへ招待を受けた。
 脅迫の次は歩み寄り、上の連中のやりそうなことだ。
 しかし、この政治家たちの中にもも味方がいる。そう、父と同志のアンソニーだ。
 このライブをオレ達が承諾したのも彼がいるから。

 ホワイトルーク建物内のコンサートホール、そのセッティングは我等バンドのカラーをイメージし黒で統一しつつもバックにカンムリクマタカのマークがついている。

「共和党の奴らはシロだよ。まあ、歌うときは客を選んじゃならねえ。例え相手が、オレ達を殺そうとした奴らでもな。それがプロってもんだ」

 大鷹は、その言葉通り、いつも通りの魂を込めて歌った。
 オレもそう思うよ……演奏している今は。
 そしてオレはギターを歌わせる。
 アートサイダーのメロディーのもうひとつの特徴はギターが歌うことだ。ギターは伴奏ではなく歌わせるもの。大鷹の声が太くて高く、声量があるからこそ、このサウンドは効果をアップする。
 全く違うメロディーをギターで歌う。
 この技法が、より複雑に高度に、飽きのこさせないものにする。
 耳を分散させることにより聴き手はいろんなメロディーを聞くことができる。場所によってはベースも歌いドラムも歌う。そして大鷹の強烈なヴォーカルがサウンドを統一させる。
 議員達には、聴き慣れぬサウンドに目を剥きだして興奮している奴もいれば冷たく笑う奴もいる。
 前方の席で、女性議員が気絶した。

 演奏が終わった後、アートサイダーは鳴り止まぬ拍手に包まれた。
 この、敵地においても音楽に境界線はなかった。

 そのあとメンバーはパーティー会場に通された。見晴らしよく、開放的な野外パーティーだ。
 ホワイトルークは、閉ざされた場所ではない。
 その周辺は観光客なども気楽に訪れることができる。
 そしてパーティーには歴代の首相も来ていた。父を知る議員たちが次々とオレに寄ってきた。
 今回のライブには、執事のロバートがついてきている。
 彼が、オレと政治家たちのパイプラインになった。
「やあ、カルビンの戦友だよ。共和党のアンソニーだ、よろしくな」

「お話はロバートから聞いています。
 よろしくお願いします、キアヌ・クルーガーです」

 髪はロマンスグレー、スラックスは少し薄めの紺。しかしその歩調は力強く背筋も一直線だ。
 自然と頭が下がった。手をさし出したら、しびれるほど強く握って縦に振った。秘められた情熱が、ほとばしるような握手だった。
 彼の目も父とよく似ている。年をとって、彫りが深くなるほどその心も深く見えたりする。
「君の父さんはレナードで最も偉大な政治家だったと私は思っている。
 常に反戦運動や福祉に力を入れた人だ。
 彼が死んでこの二年間の間にレナードは景気が悪くなっている。
 彼は福祉こそ国防だと言っていたよ。なぜなら人間が集まっての国家であり、万人を守る福祉は国家を守る事と同じだとね」

 周囲の人間を見て、父の偉大さを改めて知らされた。
 だが、傷口に塗り込まれる薬みたいに心の傷は正しい方向に痛みを伴いながら回復していった。
 父との共通点を確かめたいオレは、アンソニーに聞いた。
「あの……ロックはオレにとって、何て言うか……思想を訴える手段です。アートサイダーの活動は、世界平和に貢献できますか」
 アンソニーはうなずいた。
「大いに貢献しているよ。音楽に国境はない。君たちバンドが、国民の改革意識に火をつけてくれているから私もやりやすい。ロックは政治だよ」
 向こうから、大統領のジョシュ・ホーストが両サイドにシークレットサービスらしき人物を引き連れて歩いてきた。
 アンソニーの目元が、斜め上に引きつった。
「やあ、君がバンドリーダーのキアヌ・クルーガーだね。娘がファンなんだ」

 鼓動が高鳴った。
 一目で分かる汚い目。ほかの奴らはきっと優しい目と言うだろう。だから手に負えないんだ。本能だろう。敵に見える。何故この男を今まで疑おうとしなかったんだ。
 父と大統領選を戦う筈だったライバルだ。動機は十分すぎる。マスコミのテロ説に流動し、インダス連邦のテロ組織と決め込んでいた。
 度重なる暗殺計画、その時オレは彼の表情に陰りを見た。

 この人物が父の暗殺を企てた人物ではないのか。

「ワールドツアーをやって欲しいんだがどうだね」
「ワールドツアー……?」
「アートサイダーがレナード国の政治を非難していることは分かっているよ。君たちの影響力は非常に大きい。ただ私一人ではどうしようもないんだ。外部から圧力を掛けて欲しいんだ。ワールドツアーをやってほしいんだよ。まず復活著しいヤマト、そしてイギリス、ヨーロッパ諸国に……今最も敵対しているインダス連邦」
 どう回答していいか分からずにロバートとアンソニーを見た。アンソニーは絶えずジョシュに牽制球の視線を投げながら頷いた。
「政府がスポンサーになってツアーの費用を負担したいんだが。
 君たちの任務は親善大使だ。分かるだろう、民主党も共和党も、行き着くところは同じだ。世界平和、ロックの魂だよ」
「分かりました。メンバーと話し合って決めます」


 オレの心は闇を潜水した。


  *                 *


 耳をつんざくギターのディストーション。
 不協和音がオレの目を覚ました。

「キアヌ、どうした?」

 大鷹が俺を見て目を探っている。
 新曲のスタジオ練習、練習中のミスには一番うるさいアドルフが舌打ちした。
「すまない、プロとして失格だな」
「もういいからお前は休め、練習の邪魔ダ。ギターだけオーディオを再生しろ、オラ、さっき撮ったヤツがあっただろウ。ドンカマで叩くよ」
 アドルフがそう言ってヘッドホンをはめた。
 ドンカマとはテンポを正確に刻む音の事で、メトロノームのようなものだ。これにあわせてドラムを叩けば、他のパートにない打ち込みのアンサンブルと一緒に各メンバーが演奏できる。そしてみんなドラムに合わせ演奏するわけだ。レコーディングの場合には便利だが、生のグルーブ感に欠ける。

 オレは黙ってスタジオを出た。
 ロバートが珍しくキングKのスタジオに来てくれていた。

「ワールドツアーのことは話しましたか」
「ああ、決行の方向で向かっているが、どうも腑に落ちないことがあるんだ」
「お父様の事ですか……」
「ああ、そうだ。アンソニーはテロの仕業だと言ってるが俺は……ジョシュが怪しい気がしてならない。ワールドツアーはやりたいが、ジョシュは父の仇かも知れない。そんな奴の援助を受けてやる価値があるのか!……頭が壊れそうだ」

「実は……私もジョシュを疑っている」
 ロバートは深いため息をついた。
 レコーディングスタジオのドアが開きアドルフが出てきた。
「よお、なんだか皆、集中力ぅがなくなってるぅ、疲れもピークに来ているようぅだ」
「たまには休めっていうことさ、みんなで飲みにいかないか」
 その声はダルコだ。スコットは顔色悪く出てきたかと思うと、ノートパソコンを脇に抱えて先に帰った。みんなから年には叶わないぞと言われながらも、そこは負けん気の強さで笑って誤魔化しながら。
 スコットはいつも、あの黒いノートパソコンを離さない。
 プロだ。プロの科学者だ。
 一番最後に出てきた大鷹は、すぐにスタジオを出て行った。

 角魔大鷹はソロ活動も忙しく、実名でクラシックのオリジナルシングルCDを出し、ビルボードにも名を連ねた。そして今は、アルバムの制作も行っている。
 更にはウィーン少年合唱団の時「神々の戦い」というアドニス神話を土台にしたオペラをやった経歴にも着目され始め、映画の主役をやるオファーも来ていた。

 アドルフもまた、ロックとは全く別ジャンルのグリオのサウンドを凝縮したオリジナルCD制作にも打ち込んでいて、これも完成間近だ。オスカル国王との約束というグリオのサウンドを世界に知らしめるという意味で意気込んでいた。

 実力者揃いだと我が強くなる。ソロ活動に重点を置くようになり、まとめ上げることが難しくなる。そんなときに、オレがあんなミスをしてしまうとムードが一気にしらける事もある。

 バンドは大きくなっても、不安は常に付きまとう。

 オレと、ロバートとダルコは当てもなく三人で五番街へ出たが途中でロバートが用事で抜けて二人になる。
 オレは行き着けのカクテルバーに彼を誘った。
 そう言えば、ダルコと二人で飲むのは初めてだ。

「大鷹は今、うちのメンバーで一番忙しいからな。あいつとは今もたまに家で飲んでるがお前と二人で飲むのは初めてだな」
「へえ、そうなんだ。二人をつなぐものは武士道精神ってやつかい?」
「まあそんなもんだ。あいつとは気が合う」
 ダルコと気が合う大鷹、二人が飲む姿は安易に想像できた。
 ロシアの森で二人で格闘したことを思い出しながらカクテルバーに入ると、彼をカウンターに招待した。

「世界ってのは憎しみの糸が絡み合って国を作っている。分かるかい」

「漠然とだが分かるよ、民族抗争、宗教戦争……人類と戦争は切り離せない」
「そうだ、だがどうしようもない。一人の人間が殺されることによって、何人の人間が死ぬか分かるか」
「どういう事だ……?」
 ダルコの目に戦場が見えた。

 彼は軍人時代、何人殺したのだろうかと、つい思ってしまう。メンバーの中で、一番穏やかで紳士的な彼が戦場に立つと鬼神と化すのだろう。あのスタジオ襲撃事件でも、ダルコと大鷹の状況判断は卓越していた。

「ある奴が一人殺す。
 殺された奴には親も兄弟も家族もいる。
 その親族の誰かが報復をする。だがそれで終わりじゃない。
 報復を受けた奴にも、同じような配偶者がいる。
 その中の誰かが報復をした奴をまた殺す。
 終わらなくなるんだよ。
 誰かがどこかでストップしないとな」

 軍人の彼にしかできない表現だと思った。
 一人の死が、一人の死でなくなる。
 オレは自分に当てはめられている気がしてダルコを睨んだ。
 父と母が死んだ。テロのグループは何人いたのか、いまだに犯人究明中だが見つかっていない。
 オレが報復をすれば二人の死が五人、十人、いやそれ以上の死になる。そんな彼らにも、親や兄弟、家族がいる。

 そしてオレの命を狙う。

 オレだけならいいがそうはいかない。

 アートサイダーも、そして愛するキャサリンも。

 殺しの報復連鎖は代を経て更に大きくなり、止まらなくなる。
 ダルコの横顔は悲しげにマティーニに沈められたオリーブを眺めている。
 でもその目が見ているものはオリーブじゃない。
 自分の家族、それとも戦場……?
 ダルコは黙ってそこに座っているだけで教えてくれる。

 殺しの連鎖は終わらなくなるだろう。
 誰かが終わらせない限り……。

「たがオレは憎い……! 父が生きていたら、母が生きていたら、いつもそんなことを考える。そうしたらまたテロが憎くなる。……殺してやりたい!」

「誰のために?」

「誰のためにって……」
「お前の自己満足のためか……まさか親父さんのためなんて思っているんじゃないだろうな。だったら親父さんはいい迷惑だぜ」
 オレはグラスのマティーニを飲めなくなった。

 確かに、父にとってはそうかもしれない……いや、そうだ。
 そんな簡単なことに気づくのに3年もかかった。

 いや、気づかされた……ダルコに。

 ダルコの簡単すぎる説明が納得せざるをえなくて、悔しかった。
「悪いがお前の親父さんの事は聞かせて貰ったよ。スコットからな。
 すまない、お前の気持ちはこんな穏やかなものじゃないことは分かってる。ただな、もっと楽になれよって言いたいんだ」
「ダルコ……」
「お前の原点は、ロックで世界を変えることだろう?
 親父さんの事は法に任せるしかない。そのための法だ。
 憎しみをバネにして生きると、ろくなことはねぇ」

 ダルコはウォッカベースのカクテルを片っ端から飲んでいく。
 どんなに飲んでも、彼の顔色は変わらない。
「ワールドツアー、やるしかないな。世界中の人々の意識を変えるために」
「ああ、そうだ。やるしかない。恐らく政府は、私たちをレナードから遠ざけたいんだろうよ。最近国内で反戦デモが多発しているからな」
「しかしオレたちは帰ってくるんだ。そしてまた歌えばいい。そのうち締め上げも来るだろう。素手でも戦える護身術ぐらいは習っておかないといけない」
「お前はもう十分強いじゃないか」
「ダルコや大鷹ほどのプロじゃない、まだまだだよ」

 そのとき、誰かが酒臭いにおいを浴びせて俺の肩をつかんだ。酔っぱらいだ。
「あんたひょっとしてアートサイダーのキアヌじゃねえかい」
 振り向くと顔を真っ赤にした、30代ぐらいの金髪のオッサンだった。どこかで見たことがあるイケメン崩れの顔。
「おう!」
 ダルコが笑顔で酔っ払いと握手をした。
 そして、オレの記憶の中のカレンダーと、彼の顔が一致した。短い金髪の伊達男、大きな目はゴジラの迫力で唇は薄い……やっぱり……!
「クリス……サウンドスレイブのクリスじゃないか!」
「ワールドツアーに行くんだって? 大チャンスじゃないか。なあに、レナードは俺たちに任せておけ。反戦デモの嵐を吹き荒らしてやるよ」
「クリス……頼むよ。5年前のキューバでのチャリティーライブ、DVDで見たよ。さすがはサウンドスレイブだって、涙でボロボロになったよ」
 ダルコと縦揺れの激しい握手をした後、クリスはオレの右手を両手でガッシリと握ってくれた。
「このバーは有名人がよく訪れるって聞いていたから期待していたけど、まさかクリスに会えるなんて思わなかったよ、今日はラッキーだ」
 クリスは目をまん丸くして首を横に振りながら両手を広げて言った。
「このバーは有名人がよく来るって聞いていたから期待していたんだけどよお、まさかキアヌに会えるなんて思わなかったぜ、今日はとてもラッキーだ」
 三人で大笑いした。
 遠くのテープル席から誰かに見つめられている気配がして視線を送ると、大きな白い目が飛び込んだ。マトスだ。彼の方から笑いながら歩いてきた。
「やあ、キアヌ、すっかり有名になったよな。凄いメンバーを引き連れて」
 ダルコもクリスも、オレとマトスを交互に見た。
「大ブレークだな、俺たちが3年間で売り上げたアルバムの15倍のセールスを一年でやってしまうなんて恐れ入ったよ」
 一瞬の険悪ムードを一瞬で振り払ったのもマトスだった。
 今度はいきなり笑い出す。
「アートサイダーに乾杯だあーっ! 俺からの祝杯を受けてくれ、サイドカーを飲んじゃわないか? 実はもう取っていたんだ!」
 中腰で両手を広げ、思い切り、ハッピーな笑顔を振りまいて大声で叫ぶ、おめでたい時のバカ騒ぎは、高校時代からのマトスのクセだ。
「ご馳走になるよ、マトス」
 彼の癖を知っているオレは、誰よりも安心した。あのときはケンカ別れみたいになったが、心の奥ではきぇと応援してくれていたんだ。目が潤んでいる。彼が振りまいてくれたカクテルを飲んだ瞬間、オレの悩みは吹っ飛んで気持ちよくなった。
「明日も飲まないか、俺がおごるよ。旅の話を聞きたいんだ。色々と相談にものってほしい。お前のエネルギーを吸い取りたいんだよ」
「いいとも、友達であることに変わりはないからな」
 マトスはテンションを上げるのが巧い奴だった。
 そして、1週間、オレはレコーディングの後、彼とこの酒場で二人きりで飲んだ。彼と話している間は、忙しさやつらいことも忘れられハイテンションになれた。レコーディングでも指の動きは冴えた。


 ワールドツアーの日程はこの1カ月の間に確定した。





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