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Audiokillar ◆目次◆ | |||||||
第一部 蒼き炎 〜キアヌ・クルーガー編 | |||||||
第六章 反逆のデビュー メンバー探しの旅からの月日は半年が流れていた。 4人のメンバーはしばらくの間、オレの屋敷に住むことになる。 金と時間の節約も兼ねて、そしてメンバーの団結力とオリジナル曲の習得を早めるためにも、地階にスタジオを構えるクルーガー邸は、ちょうどいい。 そう、練習場所は、父の秘密の書斎兼練習スタジオだ。 四角いテーブルは4人で話すには丁度良く、四つのソファに取り囲まれ、メンバーはバラバラに向かい合って座った。 スコットはメンバーと少し晴れた椅子に一人座って静かに聞いている。 バンドの方向性を示す会議が、このスタジオで始った。 ヘビーメタルロックの中にクラシックを融合させたサウンドへの統一は全員の意見が一致した。楽曲に応じて大鷹もギターを弾く。 分厚い重低音のサウンドにするにはツインギターがふさわしい。 大鷹はギターもオレが認めるほどうまい。 そして歌詞の統一性、その内容はラブソングを含まない、正統派の反骨ロックという部分では一致したが、アドルフの政治批判か、大鷹の哲学、精神論かで意見が対立した。 「ロックぅで世界を変えるぅなら、今の政治を批判していくぅ以外にない。それが1番手っ取り早いんだ」 「反骨は精神だ。ただのバッシングじゃ人は心を打たれない」 大鷹とアドルフは正面から向き合っている。 「私も精神論に賛成だ。ロックっていうのはもっと大きいもんじゃないのか。世界が忘れ去っているものを呼び起こし、勇気を感じて貰えるようなロックにするには、全ての人々の根本に改革を起こさなければならない。それが時には反骨となり、時には万人と共感を分かち合うものにもなる。 精神学は深い。喜怒哀楽、どれか一つのテーマを元に一枚のアルバムで表現するっていうのはどうだ」 ダルコもまた哲学者だ。そしてオレの中でもテーマが見えてきた。 「よし、ファーストアルバムは、精神論、そしてそのテーマは怒りで行こう。この旅で書いた曲が、この理不尽な世界に対する怒りだった。そしてオレの中でTHE ROCKERが生まれSKYが生まれた」 「それがいい、私の中ではキアヌの書いた曲ではSKYが心に残っている。ロシアで初めて聴いたとき、こんな歌詞や曲を書けるキアヌとバンドができることをラッキーだと思ったよ」 「アルバムぅ全部ぅ怒りだったら、聴くぅ方も疲れるぅぞ」 アドルフがしかめっ面だ。 「怒りにも、悲しみの怒り、矛盾への怒り、いくらでもあるぜ。それらを曲調に合わせて全体のバランスを取ればいいだけだ」 大鷹が言った。 「じゃあその中に政治への怒りも入れてクレルカ」 ようやく、アドルフも納得したようだ。 「勿論だ。俺達の第一投目は怒りだ。怒りを忘れた奴らに火をつける」 タバコを吸わない大鷹が、脚組みしたままライターに火をつけた。 そのふとした仕草がやけに絵になって、オレの中にあるものが爆発する事がある。 そうだ、これこそ芸術の導火線だ。 「みんな、怒りこそオレ達のメインテーマにしようじゃないか!ただそれは怨念なんてしみったれたもんじゃねえ、この世の理不尽、不道徳、残虐性、それらを叩き潰す怒りだ。アドルフの怒り、ダルコの戦争に対する怒り、だがみんな、その裏には犠牲になった友情がある……正義と神の怒りだ」 大鷹が言った。 「正義や悪という言葉は使いたくねえ。誰の心にもある感情だ。好きな奴を守りたいから怒り戦う、それで十分だ。そんな事に神や愛を振り飾しちゃ十字軍と同じだ」 「そうか、確かにな……世界の権力者達は神を間違った解釈で捉えたがるからな。かりに悪と呼ばれる奴にも愛や怒りはある……奥が深いな」 オレ達の目指す歌詞の部分での方向性が重なり始めた。四つの剣の刃先を、一点に集めるように。 それを見据えたスコットがようやく立ち上がった。 「俺達はアウトサイダーの集まりだ。常に形式にとらわれずに物事を見抜く、そして独自の感性で世界に精神の刃を斬りつける。芸術の刃先だ。ArtSider(アートサイダー)ってのはどうだ」 四人の視線が、重なって頷いた。 これがオレ達のバンド名だ。 「スコット、一つ気になることがあるぅ。オーディオキラーを起動させるぅための練習ぅみたいなものはやらないのか?」 「そんなものはねえ。お前たちがただひたすらライブをやること、それが最高の練習だ」 「なるほど」 ダルコが笑顔で指をボキボキと鳴らした。 「ただ、ライブの度に、このエモバンドをメンバーの腕に巻かせてもらうぜ。気の抜けた演奏をすればすぐにわかる、誤魔化しはきかないぜ」 ダルコと視線を合わせてニヤリと笑うスコット。 「ちょっと待てよ、毎回こんなものをまいてギターを弾けっていうのかい。こっちは見張られているみたいで堅苦しいぜ」 「オイオイ、ワタシはドラムぅだぞ。演奏には1番支障のあるドラムぅのワタシが黙ってやるんだ。オマエもつべこべ言うな」 メンバー全員の目を、見据えてニヤリと笑ってやった。 エモーショナルエナジーが1番低いオレがこれ以上文句を言っても始らない。 「やるさ、いい刺激になりそうだ」 「そうぅだ、それでこそキアヌぅだ。いい根性ぅしているぅよ」 アドルフがオレと肩を組んで笑った。 * * 凄すぎる奴らばかりだ。 ジェンベフォラのアドルフは俺と大鷹が書いた曲を必ずマッチするリズムを付けやがる。時には繊細に、時には奇抜に大胆にアレンジしてくれる。ジャズ、R&B、そしてロック、すべての基礎を知り尽くしている彼だからこそできる。そこにダルコの重低音が、ときには甘く、時には重く、そして激しく曲を盛り上げる。 大鷹の異次元ヴォイスは凄まじく心に響く。 彼はあれだけの高音を持ちながらも、迫力のある低音を出す。 四人の中で一番エモの低いオレはこんなメンバーに取り囲まれて、ただ必至でついていけるようにギターを弾いた。そしてオレの特徴は四人で演奏するときだけは、エモが急激に上がった。 苦手なタッピング奏法を克服するためにひたすら弦を指ではじく。タッピング奏法とは片手と両手でやる方法があり、音をなめらかに移動する事が出来る。 弦を指板に叩き突けて押下するハンマリング・オン、押弦している指で弦を引っ掻くプリング・オフ。このふたつを融合して絶妙なトリル奏法が成され、これを拡張したのがタッピング奏法だ。 これはギタリストの見せ場でもあり、速弾きとして使われるヘビーメタルでは欠かせない。 そして舞台裏でキーボーディスト兼PAを演じているのは、スコットだ。そのキーボードは、オレたちの演奏と、あの新兵器オーディオキラーを操縦するためのパイプライン的な役割を果たす。キーボードの腕もさることながら、最終兵器、稼働のキーポイントもになる。 つまり彼はステージには立たず、音響操作を影で操る舞台裏の総司令官だ。 だからステージ上では、四人編成のバンドになる。 このメンバーにオレが居ていいのかと思うくらい、回りのメンバーが凄すぎる。だからオレは、このメンバーで誰よりも練習した。 「おい、もうぅみんな寝ちまったゼ」 アドルフがドアを開けて入ってくるや静かに閉め、缶コーヒーを投げた。 オレはあわや落としそうになり、お手玉しながら受け取った。 「練習しないと、居ても立っても居られないんだよ。大鷹はポウイング奏法を楽曲に取り入れたいって言うしな」 「バイオリンの弦でギターを弾くぅっていうぅあれか」 「ああ、幻想的な雰囲気を醸し出すには、ピッタリの奏法だからな。ギターは最も未完成な楽器って言われてる。それだけいろんな奏法があるんだ。そしてこれからも、いろんな奏法をする奴が出てくる。 オレも一つ、自分だけの弾き方を作ってみたいもんだ」 「確かにギターはヘビメタの華だ。一番奥ぅが深い楽器だからな。ゆっくぅりやれよ」 「そうもゆっくりしていられないさ。前のバンドではオレが一番上だった。でもここでは一番下だ」 「ラッキーじゃないか」 アドルフの笑顔ほど鮮やかにクッキリ見えるものはない。褐色の肌にこぼれる白い歯が、誰よりもうっすら光るからだ。 彼といるとセネガルの夜を思い出す。 「そうだな。このメンバーでやれるんだから」 笑って、うなずくアドルフ。 「この七連符がどうしてもうまく弾けない。ライブまでには何としても、マスターしなきゃあな。もう少し頑張るよ」 「大鷹は今何をやってると思う?」 「分かんねえよ、まさか、剣の練習か?」 「絵を描いているぅゼ、ワタシたちの出すぅCDのジャケットだ。そしてバンドの紋章ぅもデザインしているぅ」 「そりゃあいいや! なんか燃えてきたぜ」 アドルフはコーヒーを一気に飲み干すと片手でサヨナラを告げて、二階の寝室へとつながる階段を上がっていった。 ニューヨークの街は起きたばかりのバイオレットにけむる。 オレは朝飯の買い出しに行く。 「キアヌ様、その様なことは私が。あなたはオーディオキラーのリーダーではないのですか。召使いに行かせましょうか」 薄暗い玄関で、早速ロバートが聞いてきた。 「リーダーだからこそオレがやりたいんだよ。みんなと命を共にするんだからな。それともう一つ、リーダーはボスではない」 ロバートは笑った。 「あなたの父にそっくりだ。カルビン様はいつも、ボスではなくリーダーとして、振る舞った。良い旅をされましたね」 ロバートは父の意志を継いで、このオレを主人とし、クルーガー家を守ってくれた。今のクルーガー家の財源と定期的な収入源はFX(外国為替)によるスワップ金利が殆どで危険な売買は決してしない。 アンソニーという名前をよく聞くようになったのも、父が生前彼と親しく、今はロバートを頼りにしているからだ。 父の意志を継いでアンソニーは、次期大統領選挙に立候補する。 今こそレナードは、チェンジしなければならない。 街へ出ると、懐かしい景色が、オレの目を包んだ。 父が動かしてきたこのニューヨーク。 夜の路地裏でギターを弾いた13の冬。 マトスがマフィアから逃げ出し、五人を相手に殴り合った17の夏。 この近辺のライブハウスではグレードアップはちょっとしたスターだった。 オレが、カルビンの息子だったということも、余計に待遇をよくしてくれた。そんなことにも気づかぬまま、自分の実力だと舞い上がっていた。 そんな朝もやの街に、マトス率いるマティーニの音楽が流れてきた。 メンバーの平均年齢は十八歳、オレは彼らとデビューしていた方がよかったのか? この懐かしすぎるニューヨークの街並みが、一瞬そんなことを思わせる。 父が動かしてきたこのニューヨーク。 しかしオレは、一歩、大きな道を踏みこんだ。 そこにはアドルフがいて、ダルコがいて、そして大鷹がいた。 力では彼らの方が遙かに上だが、この音楽業界ではマティーニが遥かに上にいる。結局オレはあいつらを裏切った。だから戻れない。 コンビニに入ると、一年前と変わっていない黒髪に大きな瞳のアマベルを見た。店員の名札がアルバイトから正社員に変わっていた。 「キアヌ……」 オレはあいさつ程度に笑って、六人分のパンとベーコン、缶コーヒーを取りレジの彼女に渡した。 誰も客のいない店内は、オレと彼女の貸し切り喫茶になった。 喉の渇きを癒すべく、オレはその場で缶コーヒーを開け一息で飲んだ。 アマベルは笑顔で取ろうとしたが、オレはそのままゴミ箱に捨てた。 一年前なら当たり前みたいに彼女に渡していた。お坊ちゃんだったなって想い出しただけで苦笑いが出る。 「帰ってきたのね。……凄く大人っぽく見えるのは気のせい?」 オレは黙って笑顔で見つめ返した。それだけでいい。 「知ってる? 今じゃマトスは私たちのスーパースターよ」 「ああ、噂は旅先でも聞いていたよ」 「学校でもほとんどがキアヌ、ざまみろって言っていたわ。あなたは裏切り者、そして彼らは、この裏切りを乗り越えて、大きく成長したって」 「オレが抜けたことであいつらが大きくなれたなら、それ以上いいことはないだろう」 白い手が品物をビニール袋に詰めようとするのを止めた。 「バッグに入れていくよ」 アマベルは小さく頷いた。 「キアヌ、マティーニのライブ、チケットが取れたの。一緒に行ってみない?」 「悪いが今のオレにはそんな時間はないさ」 それは彼女からのラブコールだと分かっていた。キャサリンの次にグレードアップの事を応援してくれていた。 「彼らの音楽から何かを得ることだってあるんじゃないの…… 言っておくけど私は、今でもキアヌファンよ…… だってマティーニは、全部あなたが書いた曲をやってる…… でもあなたはそのことを、一言も攻めてはいない」 「有り難う……今のオレには、昔の曲から得るものはない。新しいメンバーとの第一歩が待ち遠しくてね。振り返っている時間より、前に進む時間の方が大切なのさ」 「……そう、安心したわ。……キャサリンのこと、今でも好きなの」 「好きだ。少しも、変っていないよ」 アマベルの瞳がグラリと揺れた瞬間だった。 「そう言うと思っていたわ」 無理して笑顔を作ろうとする彼女を見ないふりをしてオレは店を出た。 だけど、彼女の瞳はファンとしてオレの背中に声援をくれた。 「キアヌ、頑張ってね……キャサリンとは私も連絡取ってないの。 大学は行かないって言ってニューヨークを出て…… 何処にいるのかも分からないわ。ただ彼女、記者になるって言っていたわ。今のレナードには真実を伝える人が必要だって……」 キャサリンが、あの鮮やかな笑顔が胸一杯にこみ上げた。 正義感が強いところは二人の共通点だった。 キャサリン……逢いたい気持ちは空を飛ぶほどにつのる。 「オレ達が有名になれば、きっと逢えるさ」 アマベルに手を振って、オレはまたこの懐かしい街を歩く。 グレードアップを出た事に後悔は微塵もない。マティーニが何百万枚売れようが、そしてアートサイダーが例え売れずに終わっても、オレは自分たちの音に究極の喜びを感じている。 今の音となら、死ねる。 究極の自己満足こそが妥協を許さない本物の芸術だという事を知ったからこそ。 「大鷹、メシを買ってきたよ。一緒に食わないか。メンバーも声かけしてる。あとさ……ジャケットを見せてくれよ」 ノックもせずにクサリの付いたドアを開けたら顔半分ほど開き、蒼いシャツに片腕を通した大鷹が睨んだ。 「アドルフに聞いたのか」 「ああ、着替え中か……悪かったな」 艶かしいほどの色気にゾクリとした瞬間ドアが閉まった。そしてすぐに開いた。 「入れ」 大鷹の大きな目が左に動き、オレの視線を室内に招いた。 クルーガー家の最上階4階。大鷹の部屋は屋根裏だ。他にも部屋はあるっているのにこんな場所を希望するなんて静かなところを好む奴らしい。三角屋根なので、褐色の壁は斜めに傾いている。 そんな傾いた部屋の壁に、ヤマト刀が斜めに傾けて掛けてある。 この部屋全体に、サムライのような雰囲気が漂っている。 そしてもうひとつ意外なものを発見した。 油絵のキャンバスから絵が浮き出した。 「すげえ……」 タカの絵がリアリティーに書かれてある。 「すげえぜ、目が生きてる……誰かに習ったのか」 「絵なんていうのは習って描くもんじゃねえさ」 壁際には、完成した絵がさらに二枚ほど置かれている。 「バンドの紋章も考えた。カンムリクマタカをモデルにしたよ。世界最強のワシってところが気に入った。ヒヒも狩るらしいぜ」 「いいな、アフリカの鳥だったらアドルフも喜ぶだろ。ハクトウワシじゃ使い古されているからな。オウギワシだと南米寄りのバンドを連想しそうだし。 それに、このカンムリクマタカってやつ、メチャクチャ格好いい」 「当ったりめえよ、この鳥の提案者がアドルフだからな」 「なるほど、そういうことか」 バンドメンバーがクルーガー家に住むようになって、家族が増えたような気分になった。ダルコとアドルフは隣部屋になったことから、よく、どちらからともなくお酒を持って部屋に遊びに行くような光景をよく見た。 ベースとドラムはリズムセクションでもある。 二人だけの話もあるわけだ。 ダルコの部屋は飾り気ひとつない質素な部屋だが、オープンフィンガーグローブとウォッカが棚に一本入っているところがロシアを思わせる。世界戦を引退しても格闘技は引退しないと言っていた。 一ファンとしても嬉しい言葉だった。 反対にきらびやかな部屋が、アドルフの部屋だ。 オスカル国王からもらったじゅうたんを部屋に敷き詰め、壁にはアクセサリーがかけてある。 カオラック名物のピーナツも棚からのぞいている。 今はみんなここにいるが、あと三カ月もすれば、家を見つけて離ればなれになる。今だけしか見ることのできない光景、いつまでもここにいて欲しいという思い、そんな心境の中で、またオレの脳裏には今までと違うメロディーが流れてきた。 同じ夢を追う仲間がいる……。なんていいもんだ。 密度の濃い日々が始まった。 父のスタジオで早速、怒りと今の世界を背景に出来上がった歌詞を大鷹がみんなに見せている。大鷹の歌詞は、意外なくらい繊細で優しく、光と闇が表裏一体で表現されている。そこには、ロッカーにしか分からない、哲学も見え隠れしていた。 「最高ぅだ。やるぅじゃないか」 アドルフがどうやら一番気に入ったようだ。 「曲も覚えてもらうぜ」 大鷹はギターを取り早速歌って聴かせる。 ギターも巧い。と思っていたら強烈なあの声が襲いかかる。 男の野性的な響く声に少年っぽさと女の甘さが混じった、独自の高音だ。声だけで気持ちよくなれるからメロディーを歌えばもう陶酔だ。 しかしその声から更にハイトーンのサビになると、もう高揚した心は昇天する。 オレは背骨が痺れ、アドルフは、また気絶していた。 一番感情が激しい彼らしいと言えばそれもそうだが。 「おいおい、アドルフ、大鷹が歌う度に気絶してちゃライブも出来ないぜ」 「いや、すぅまない。……大丈夫だ。ドラムを叩くときはそっに集中するから大丈夫だ」 「へへ、じゃ、いいんだな」 大鷹が照れ笑った。なんだこいつ、いつも自信満々なクセにこんな謙虚さもあったのかと少し可愛くなった。 「一つだけ、ギターメロディーの部分がこうした方がいいと思うぜ」 オレは大鷹の1オクターブ舌で歌いながら違うメロディーで弾いた。ギタリストとしてここは譲れない意地でもあった。 大鷹がニヤッと笑ってオレを見た。 「そっちがいい、さすがはキアヌだ」 その夜、オレはメンバーにニューヨークの街を案内にした。 ブルックリンの繁華街、そして危険地帯と言われる場所に踏み込んだ。マイノリティー達の中には、年齢国籍不明の何をしでかすか分からぬ奴らも目をギラつかせているが、このメンバーなら、乱闘に巻き込まれても問題ない。 厳つい身体のダルコにさえ、眼を付けて向かってきそうな大男もいる。 「キアヌぅ、随分面白そうぅな所に連れてきてくれたな」 「ニューヨークという土地を案内しているだけさ」 肩も擦れ合う人込みの中、黄金色の焼けた腕にタトゥーを入れた大男が背中から大鷹に抱き付いてきた。 「よおペイビー、俺のホワイトスネイクをぶち込んでやろうか」 こいつらの言うホワイトスネイクとはペニスのことだ。 オレは見物することにした。 「俺にぶち込むなんざ十年はやいんだよ」 合気道の技だろうか、その腕をすり抜けねじり上げる大鷹。二メートルもありそうな大男が、悲鳴を上げる。 「いてえーっ!悪かった離してくれ!おめえ男かよ」 「当たり前だ」 大鷹が大男の腕を投げ捨てるや、向かってきたからタチが悪い。大鷹の左手が瞬時に弧を描き、大男はアスファルトに叩き伏せられた。立とうとしたらノドを突かれて倒される。脚を蹴られる。 その様子を見ていたら、酒場の入り口でアドルフは自分より背の高い女をナンパしている。彼のこんな姿は初めて見た。 まあホモじゃあるまいし無理もない。 ずっと男ばかりの旅だったからな。 性欲も溜まって当然だが女は一向になびかない。ダルコはその様子を面白そうに見物している。やっと獣を片付けた大鷹が歩いて来るや、アドルフが口説いていた女は、またもや大鷹に抱き付いてきた。 オレとダルコは大笑いした。 アドルフのムカついた顔はオレにさえ殴りかかりそうな雰囲気だが、オレの笑い顔がアドルフの闘志を苦笑いに変えた。大鷹ぐらいの身長の女は、ニューヨークにも沢山いるが、オレはその女の醸し出す独特な雰囲気を感じ取っていた。 「女同士の終わらない夜を味わってみない」 「あんたレズかよ」 大鷹は今度は優しく振りほどいた。 「悪いな、他当たってくれ」 今度はそれを見たアドルフが大笑いした。 「ここはまあ、こういうところだ。次行くか」 何処からともなくパトカーのサイレンが耳に響く。その前方の道路には血だらけの死体と人集りが出来ている。 「あれはよくあるぅのかい」 「ああ、これもニューヨークの一面だ」 アドルフが酒を飲みたいと言い出し、オレはカクテルバーへと入った。四人をカウンターに案内する。いつも通りヤジが多い。酔って暴れそうな客が周りを威嚇し始めている。 「ここはマナーの悪い客が多いからな。いつも用心棒に来てるのさ。オレのウラのバイト先でもある。悪い奴らは、放っておけないのさ」 「それはいい心掛けだな」 ダルコは周りを見回して腕組みした。 「しかしそれにしても、お前の街はどうぅなってんだ。とんでもねえ所だな」 アドルフがあきれ顔で笑っている。 「キアヌ、良く来てくれたな、早速あっちで三人組みが暴れまくってる。頼んでいいか」 頼まなくてもカルアミルクを最初に出すバーテンダー。ミルクで胃に膜を張っておけば、そのあと飲み続けても胃をやられない。 「いいぜ、その前に燃料補給だ」 タンブラーのカルアミルクを喉で味わうと、手伝いに向かおうとする大鷹の肩を押さえてイスに座らせ、メンバーにも来るなという合図を目で送った。 「オレの庭のゴミだ。オレが掃除するよ」 我が父の地下スタジオに帰り着いたのは、夜中の二時を過ぎていた。今から一時間の練習だ。こんな不規則な生活がやたらと燃えさせる。音楽はセックスだ。やりたいときにやるのが一番燃える。 * * みんなの技術が一体になるのに、あまり時間はかからなかった。 まず、デビューへ向けてのシナリオはオーディションではなくライブから始った。レコード会社の機嫌を伺うやり方はバンドのポリシー上性に合わない。断固たる実力を見せつけるのだ。 注目を集めるのに最も適したメンバーは、すでに名前が売れている総合格闘技世界チャンピオンのダルコだ。出演することさえ難しい老舗のライブハウスのマスターは彼を一目見てOKのサインを出した。 暗やみの中に浮き立つステージ、大鷹の黒いブーツにスポットライトが当たりメンバーの構えるステージ中央に、ついに彼が立ちその全身を写した。大鷹は大胆にも黒装束の忍者を思わせるデザインのつなぎの革ジャンだ。 ノックアウト出来るルックスに人々はまずため息を漏らす。 バンドで1番最初に人々の視線が行くのはヴォーカル。メンバーは黒い革ジャンに統一した。ダルコは腕に武士道のタトゥーを入れベストの下は裸に革パン一枚。アドルフも革パン一枚で上半身は裸、首にはセネガルの国旗を刺繍したマフラーを巻いている。オレは大鷹に合わせて、鷹の刺繍が入った黒い革ジャンで決めた。 大鷹の美貌に観衆は釘付けになった。 そりゃそうだろう。 キャサリンを愛する面食いなオレが、性を通り越えて見とれたくらいだ。あの声でノックアウトされるがいい。 そして間を与えずにスコットのキーボードがパイプオルガンの音色でクラシカルな前奏を奏でる。 次にギターの出番だ。鼓動の高鳴りは最高潮に達したまま、指が勝手に動きだしてどよめきがおきた。観衆はギターに驚いている。マティーニ、昔のオレを越える目標がお前たちだ。 本物をやりたかった。ずっとやりたかった。 観衆と一体となれと言ったスコットの言葉が甦る。オレは客席に笑顔を振りまきリズムを取った。迫力があるスラップの重低音が、ダルコのゴールドフィンガーからはじき出され、精霊が舞い降りるアドルフのドラムが観衆の鼓動を高鳴らせる。 次に大鷹のヴォイスが観衆の耳と心をノックアウトした。 これが探し求めた音だ! 伝説の幕が切って落とされた。 良き音に理屈はいらない。オレは今までの成果をすべて、このライブに出し尽くした。 この日を皮切りに、毎晩、ニューヨークに散布するライブハウスの、アマチュアバンドから、時にはプロのイベントの前座としても参加し、インパクトの強い曲を披露する。 大鷹が歌いだすと必ず失神者が出た。 ダルコのベースは随所にスラップアルベジオを連発、演奏が終わった後には、必ず失神者が運ばれる。そして、興奮し発狂た客の心臓麻痺、鳴り止まぬアドルフの呪いのスネアが破れた瞬間だった。 毎日のように夜はライブでギッシリつまった。 呼ばれりゃ何処でも行く。 高いギャラで招待されたゲイバーでは、失神したホモらに救急車が駆けつけ逆恨みの暴拳が俺たちに襲いかかった。 「人を気絶させる音楽は音楽じゃねえ!俺のビリーに何をしやがる!」 キレた大鷹は自己防衛の拳を振るった。 「てめえら客じゃねえ!」 数に任せて襲いかかるゲイ達は俺達を押しつぶし、オレの革ジャンを引き裂いた。タチの悪い連中には、鉄拳で答えてやるのもロッカーだ。 日ごと、月ごとステージは大きくなっていく。 とにかく今は、聴かせるしかない。 失神者は慣れているが、興奮したオヤジロッカーが心臓麻痺して死んだときには、メンバーも精神的ダメージを受けた。しかし、葬儀に来てくれと息子から言われ、メンバー全員で行ったとき、オレ達は祝福された。 「オヤジは、最高のロックを聴いて死んだ、だから最高の死に方が出来た。本望だよ。 あんたらは絶対、大ブレイクするよ」 息子もまたロッカー、アートサイダーの健闘を祈り握手した。 止まらない。 アートサイダーは止まらない。 プロミュージシャンからはアートサイダーは前座として招待するには、個性が強すぎる、または、主役を食ってしまうなどの理由で次第に敬遠されていった。 しかし、その一方でスポンサーは後を絶たなくなり出し、イベントのメインとして、招待されるようになり始める。 本物を作り上げれは、こうも素直に人々は反応するものだろうか。 凄いもの見たさ、好奇心、感動を求める、いい音を求める本能が人間にはある。太平洋に落ちた隕石、その波紋は大陸を襲う。今は波が広がるのを待つだけだとあるライブハウスのマスターが言った。 その目の輝きとオレの手を握りしめる強さが、彼らロッカーたちの夢を託されているんだと教えてくれた。 痛いほど強く握りしめる手……。 この手に答えよう。 そして半年後、オレ達の最大のプロジェクトが執行される。 12月15日、それはレナード国軍事パレード。 「この、大通りはクルーガー派が殆どだ。オレが用心棒をしていたあのバーのオヤっさんも協力してくれている。街一帯がオレ達の味方だよ」 「カルビンの、弔い合戦ってことだな」 スコットのタバコがアスファルトに落ち踏み消された。 「ゴミ箱に捨てろよバアロウ」 大鷹の一睨みでタバコを拾い、苦笑いしながらゴミ箱捨てるスコットに、同じことをしようとしたオレもそそくさとゴミ箱に捨てた。 「今日は派手な乱闘になると思うが、身の危険を感じたら戦えよ。私も足での撃退が無理になってきたら、ベースを置いて戦うよ」 「まあ演奏に集中しろ。俺には武器が持てる。マイクもコードレスだしな」 大鷹はスラリと長い竹刀を抜いた。 「まさかお前、大通りで斬るっていうのか」 「真剣じゃねえよ、キアヌ」 オレはホッとした。 通行止めの25キロを陸軍五千人の兵士と最新鋭戦車、地対空ミサイル戦車が大行進を行う。全レナード生中継、どうにもならない不愉快な権力見せつけ、うるさい軍隊の足音。 軍事パレードなんていうものをやり始めたのは、アメリカがレナードに代わってからだ。拍手で見送る喚声もあればヤジを飛ばす観衆もいる。 偉そうに手を振る大統領ジョシュと陸軍の元帥。人々を洗脳しようという目。 奴らの、そしてこの軍団の足が止まり、その顔色が変わった。 その行進の先に立ちはだかったのは、アートサイダーだ。 「準備OKよ!キアヌ」 コンビニのドアからスピーカーが飛び出し、アマベルが笑った。 オヤジを俺達のライブで失ったあのロッカーがビルの三階からOKのサインを出した。 オレのギターは爆音の竜になった。 ニューヨーク圏内のファンも駆けつけ、大通りはうなりを上げる。 大統領も回りの兵士たちもパレードを蹴散らす大音量に左右を睨みオドオドしている。 左右のビルにバラまいたスピーカーから爆音が軍隊とこの道を押しつぶす。津波の如く押し寄せるファンは、アートサイダーの護衛兵になった。大鷹の合図で陣形を立てているのは角魔道場の猛者達だ。 護衛兵としては心強いばかりだ。 更にバイクやトラックも盾になった。 さあ、とことんやってやるか! レボリューション 一人の指揮官に 全てが支配される 一人の指揮官が 狂った世界をつくる 一人の指揮官は 一人の国王に操られ 一人の国王は 悪魔に操られている 百万の兵士達は 初めから兵士だった訳ではない 百万の兵士たちが、戦わないと言えば 一人の指揮官には何も出来ない レボリューション お前の胸に手を当てろ レボリューション 正義の牙をむけ レボリューション お前が守るものは お前が愛する者だけ レボリューション お前が殺すものは 国王と指揮官の心を奪った 悪魔だけだ 「キアヌ、ギターを燃やすぜ」 「OKだ!」 大鷹の手には丸めたニューヨークタイムズの松明。演奏中のギブソンのギターに着火するや煙が立ち、燻っていた煙は火に化けて勢いよく燃え始めた。 燃えるギターの早弾きだ。 大鷹はウィスキーをラッパ飲みにライターで火をつけシャウトした。 燃えるシャウトに拳を突き上げる人々。オレ達はロックだ! 操縦不能、暴動は収まらない。止めに入る兵士、パトカーからウジのように吹き出す警官達をファンが取り押さえる。 殴り合い、蹴り合い、そこへヤマト文字の旗を掲げた暴走族が割り込んできた。 大鷹のライブを見に来ていた小倉の大軍団だ。大鷹の一声で海外から援軍に来るとは凄まじい奴らだ。あのニューハーフバーで女から男になったイケメンも殴り合っている。殴り合い、もみ合いの中、ライブは更に燃え上がり、軍事パレードは崩壊した。 政府への怒りは国民全体に着火した。 乱戦は半日に及び、収支がつかなくなった軍隊は、大統領らと共に退散していく。 ファンの防衛網をくぐり抜けた兵士を殴り倒しながら歌っている。こういうときケンカが出来るのはやはりヴォーカルだ。 大鷹は合気道で兵士たちをねじ伏せ、ときに手足をへし折る。 ダルコは脚だけで蹴りながらベースを弾く。 兵隊が五千人でも大通りに、溢れかえる市民は数十万人だ。 兵士達はニューヨーク市民を巻き添えに発砲は出来ない。ついに身の危険を感じた大統領は護衛兵たちと共に逃げ出した。 兵士たちが退散し始めたのを見て大鷹は角魔道場の部下たちに引けの合図を送る。 夕陽の中、アートサイダーの祭典は終わった。 「おら、連れて行けよ」 大鷹は、ボロボロに殴られた警官の手錠を奪うや自分の片手にかけ、相手の手とつないでやった。警官は大鷹に睨まれ震えながら、やっとの声を絞り出した。 「署まで……来て貰おうか……」 「もちろんだ」 大鷹は左手を高々と挙げて、ファンの声援に応えた。オレは最後一音の演奏を引き終わると、燃えるギターを空中に投げて叫んだ。ダルコも、アドルフも清々しい笑顔で付いてくる。 七日間の留置場生活から出てきたとき、四人を出迎えたのは報道陣と無数のファンだった。アートサイダーのテーマ、怒りは彼らの身にも乗り移った。 このゲリラライブを引き金にアートサイダーは全州の注目を集め、レコード会社キングKと契約を結ぶ。最初に取り掛かったのは、CD作成だ。 ダルコは格闘家として世界に名が売れているだけに、話題性でもマスコミのターゲットになった。そしてバンドの花型、ヴォーカルのルックスに悩殺されたのは、世の女子高生、女子大生、OL達だった。 更にその声はソプラニスタとしてあらゆるジャンルの音楽家たちから注目を集め始めだす。 ジェンベフォラでグリオのアドルフも、そのテクニックはドラマーたちから評判になり、個別で一部の音楽雑誌に取りざたされた。 そんな回りの天才たちに引っ張り上げられて、オレのギターも実力以上の力を発揮した。 そしてデビューシングルを先に売り出すことに決まる。 それはアドルフの希望で、あのアフリカで最初に演奏した曲 『THE ROCKER』だ。 あの時はオレが歌っていた。今は大鷹が歌う。レコーディングスタジオではライブのような一体感はない。各自がバラバラに音をデジタル録音する。しかし、これから先、自分たちの曲が世に永遠に広がっていくんだと思うと気合が入った。バンドメンバーみんながヘッドホンを聞きながら演奏するという体験を味わった。 作者であることから、オレもヴォーカルのレコーディングにトライしてみた。 アドルフはナイス、を連発するが大鷹のヴォーカルを聞いたときはまた気絶しやがった。 作者以上に情感を込めて歌いあげ、オレでは苦しい高音の部分があんなにも感情のコントロールを付けながら歌い上げるあたりは、さすがとしか言いようがない。 オレの耳も角魔大鷹に歌ってもらうことを望んでいた。 そしてギターにより専念して、ギターで歌い上げた。ダルコは天性のスラップ奏法でドラマーのアドルフとバランスを確認しながら、時には激しく、時には甘い重低音で基盤となる音色の部分を盛り上げた。 更にコーラスとして低音部分にも参加した。1曲をレコーディングするのに三日間かかった。すでにラジオなどでも流れていたため、売り上げ開始と同時に爆発的なセールスを記録した。 「こんなに早く軌道に乗るなんて思わなかったよ」 オレは音楽関係の情報誌を確認しながら次々とめくった。テーブルを囲んで向かい合ったソファにメンバーは座ったまま、レコーディング前の僅かな休憩をとっている。 「ビルボードで7位に入ってる」 ダルコがランキングの掲載されたページを、オレに渡してくれた。 「すぐぅに1位になるぅさ」 アドルフが人差し指を立て、ニヤリと言った。 「しかし一方で反戦色が強い歌詞が、政府にバッシングを浴びている」 スコットが新聞を畳みながら言った。 「望むところだ」 大鷹がその記事を拾い上げ握りつぶした。アドルフの目がギラリとオレを見た。そのとき、ドアが開きキングKプロデューサーのリンカーンが入ってきた。 「次のライブが決定した。ニューヨークユニバーサルスタジオからレナード合衆国全州に中継だ!こいつは大チャンスだぞ」 リンカーンは常にオレ達と対等の立場で物を言う。ライブから土台を築いてきたオレ達にはファンという後押しがあるからだ。売れるためにああしろこうしろ等と言わせない。 メンバーみんなの目が光った。 「この日までに何としても、アルバムを完成させよう!」 スコットが今後の指針を示した。そしてアートサイダーは立ち上がる。 その夜、レコーディングが終わり大鷹がヘッドホンを耳に鋭い目でオレを睨んだ。 「キアヌ、93小節目のギターソロの入りを、もう少し迫力を出してくれ、それから、ダルコ、ここに、あんたお得意のスラップを入れてくれ。俺の撮り直したヴォーカルに合わせてだ」 「分かった」 ダルコは親指を立てグーの合図をしたあと、指をほぐすべくバキバキ鳴らす。まるでリングに立つ格闘家のオーラが漂っている。 「お前のヴォーカルも取り直すのか? 全然いいじゃねえか、完璧だぜ」 どこがどう気に入らないのか、オレの耳でさえ分からないが大鷹はさらに鋭い目つきで言った。 「この世に完璧なんてねえ」 「ちゃんと説明しろよ大鷹、自分だけで納得するな」 「シャウトの伸びが足りねえ。低音のパワーもだ。低音が弱いと曇って聞こえるんだよ、分からねえのか」 「お前の自己満足か?」 「そうだ、究極の自己満だ」 オレには大鷹の意図するところが分かって、痒いところに手が届く事を共感出来てやたら嬉しくてしょうがなかった。アドルフが大鷹の肩を掴んで微笑んだ。 「ワタシには注文なしかい? 寂しいゼダイオウぅ」 「俺の耳には良く聞こえたが、分からねえっていうのが本音だ。アンタしか分からねえ領域にある筈だ。その部分で違う叩き方があればやってみてくれ」 「OK」 大鷹の「分からねえ」は完成形に近いときだ。 その行動にグレードアップ時代の自分を思い出した。 オレだけがやかましく指示を飛ばしたもんだが、このメンバーでは一番多いのが大鷹、次にアドルフ、オレ、ダルコの順番だ。活気があって一体感のある夜は、際限なく時を刻み俺たちの魂と音楽を融合させていく。 オレはこの夜に第七感ともいうべき寒気を感じていた。 スコットはミキシングルームでタバコを吹かしながら、録音された各パートのボリューム調整をしている。 何かイヤなものを感じていた。肌寒さと父の気配が目の前で叫んだ。 壁に振動を感じる。何だ……! 大鷹と視線が重なった。 「逃げろ!」 大鷹のシャウト、メンバーは別の部屋へ飛び出しスタジオが振動した。 壁が爆発し大型ダンプが姿を現した。 オレは隣部屋に身を伏せた。騒がしい足音と響く銃声。 この部屋で隠れられそうなのはビジネスデスクだけだ。 気がつけば横に伏せているのはダルコ一人だ。 オレを誘導してくれていたことに、今気づいた。 みんなは無事か? 敵はオーディオキラーの秘密を知る国家の黒幕であることは、ヤマトでの襲撃事件を経験したから察しはついた。 あのゲリラライブの報復だ。すぐに大鷹が部屋に入って来るやダルコと目で合図を取っている。大鷹は刀を抜きドアの縁に指をかけヒョイと上がるや、今度は足をドア縁の僅かな突出部にかけ天井にナイフを刺して張り付いた。 乱入してくる敵の最も死角になる位置から、一気に斬り殺す作戦か……。 銃を持つ敵の足音がドアに近づいてくる。 ダルコの指示に従いオレはミキシングルームに逃げ込みミキサーの影に伏せた。 アドルフが横にいた。ダルコは防弾チョッキに着替えた。これならあの鉄製のビジネスデスクを盾に戦闘も出来る。ガラス張りのミキシングルームからは二人の姿がミキサー越しにハッキリ見える。 ドアが蹴り破られ銃声の嵐が鳴り終えた後、臆病な足音が一人、二人と忍び込んできた。ダルコが机を動かした。 一斉射撃がテーブルに放たれる。 大鷹が飛び降り斬った。 斬る、斬る、斬り捨てる。 次々と倒れる兵たち、味方を誤射する兵、注意が大鷹に向いたその瞬間、ダルコがテーブルごと突っ込み数人の兵を殴り倒す。 天井から矢の様な水流が地面に叩き付けた。スプリンクラーが作動した。スコットと視線があった瞬間、彼はニヤリと笑った。水浸しになるほど敵の視界と動きは鈍る。ダルコは銃を奪い取るや銃撃に出た。アドルフはスタンドマイクをとると槍のように構えた。 「ここはオレとダルコに任せろ」 「あなどるなよキアヌ、ライオン狩りの槍さばきを見せてやるゼ!」 アドルフは隙を狙っている。 スコットが携帯電話で警察に通報している。オレは銃に弾を込めた。隙を見計らっていたアドルフがついに飛び出した。殴り合う、斬り合う音だけが生々しく、コンピューターにデジタル録音されていく。 アドルフの槍裁きは見事だ。 言葉も無くすほどの鮮やかさ、アフリカの野性を駆けるリカオン、ガゼル並の素早さだ。縦に突っ込む、突き刺しては引く、刀を振うレナード兵は相手にならない。素早さが獣並に違うのだ。 向かってくる兵士の一団目がけオレは銃を撃った。 三人の兵士が倒れた。 パトカーのサイレンが響き退却の号令が響く。 ギリギリの精神状態、座ったまま射撃体勢を取っているオレの肩を、誰かがつかんだ。 心臓も飛び出しそうな肩の触感に立ち上がり、左に振り向いた瞬間、アドルフの笑顔にオレは体中からため息を吐いた。 「みんな無ぅ事だ、安心してくぅれ」 「恐れ入ったよ、アドルフ」 今年も、9月15日がやってきた。 十六万人収容可能のユニバーサルスタジアムでは、レナード合衆国トップクラスのバンドやアーティストが集う、年に一度のチャリティーイベントがある。あの襲撃事件はテロと報道されたが、政府の魔手だと言うことは分かり切っている。 アートサイダーは止まらない。 この国を変える、ロックで変える。 軍事パレードを破壊したオレ達は無敵のバンドという折り紙付きで、人気実力ナンバーワンといわれているサウンドスレイブの前に組まれた。 この、音楽の祭典でマティーニのマトスを見た。 グレードアップ脱退から、もう二年がたつ。 アイドル的存在で一時はブレークした彼らの人気には、陰りが見え始めていたことを、ベースのポールからメールで聞いていた。 やがて彼からのメールは来なくなった。 マトスのやつれた頬は麻薬だ。せっかくここで会えたのに、笑顔で話しかけたかったのに、彼らの顔にそんな余裕はなかった。彼らの順番はトップだ。久しぶりに聞いたマトスのヴォーカルは、以前よりもキーがしっかりして味わい深いものになっていたが、声量は弱くなっていた。 やっぱり、麻薬を続けているのか……バカヤロウ。 何故、やめなかったんだ……そして、誰も止めなかったんだ。オレが、あいつのそばにいてやれば、ぶん殴って止めたのに……。 マトスが歌い終わった後、歓声に交じってヴォーカルを中傷するヤジが飛んでいる。 入れ替わりが激しい音楽の世界。新人アーティストが次々とステージに立つ。バンドは誰のためにやるのでもなく音楽を聴く人たちのためにやるのだ。趣味でやるなら、友情でやるなら、路地裏でギターを抱えて一人で歌えばいい。 それだって間違いじゃない。 ただオレは、プロを目指した。聴く人が取捨選択をする以上、バンドメンバーでも取捨選択は必然だ。そして今、オレはこのステージに立つことを許され、この世界に立っている自分に納得できる。 レナード合衆国の一流アーティストたちの演奏を聴きながら今、改めてプロの厳しさをマティーニを垣間見て実感し、プロとして生きていく決意を改めて固めた。今消えようとしている昔の仲間達に、鎮魂歌を送る。 マトス、聴け……立ち上がるもマットに沈むも、それはお前の自由だ。 ついにアートサイダーの出番がきた。 ヴォーカル以外のメンバーが集まり、演奏が始まる。 ステージ中央の爆発と同時に大鷹は姿を現し、ヘビーメタルロックを歌い始める。 過激な歌詞に会場からは大声援が起きた。 本当はすべての人が叫びたかった思いを大鷹が叫んだ。十六万の大観衆と一体になって叫ぶ。大鷹はステージ中央のスピーカーに片足をかけ、拳を突き出し大統領ジョシュ・ホーストに宣戦布告した。 会場では担架を担いだ救急隊が見える。 失神を起こした女性客が次々と運ばれて行っている。息次ぐ暇もなく、次の曲が始まった瞬間、オレは背筋が戦慄した。アドルフのドラムが呪いをかけているようにさえ聴こえるのは気のせいか……。 いや確かに呪いをかけている。アドルフの目は殺気が迸る。 そのタムの上で剣を持った精霊が踊っている。 ドラムに感じる殺意。グリオの強烈なデモンストレーション。 スローなバラードの中に情感あふれるドラムのソロは際立った。 大鷹の歌唱がそのリズムに合わせている。 民族色の強い神秘的なサウンドは六万人を陶酔させた。そして呪いの儀式は、二曲目で消えた。そして三曲目は明るいバラードで締めくくった。 演奏が終わった後、オレの心は真っ白になった。 この大歓声の中、撃たれて死んでも悔いはないとさえ本気で思った。控室へとゆっくり歩く。ステージも、中央から端の方へ行くと照明が薄くなり、観客の顔が一人ひとりはっきりと見える。 そして見覚えのある瞳と視線が重なった。夜の闇に金髪は青く光って、遠くからでもその個性的な輪郭はクッキリと浮かび、やがてオレの記憶と重なった。 キャサリン……! この二年間、忘れようとしていたもう一つの青春が胸の中を駆け抜けた。 キャサリンが男と連れ添っていたなら、オレはその場を通り過ぎたかもしれない。でも彼女は一人だった。あの頃よりも更に美しくなって、唇の薄いルージュが時間を教えてくれた。もうそんな年頃なんだ。 「みんな、先に楽屋に戻っていてくれ!」 オレは舞台裏に降りると、客席へ走った。 祈る思いで、さっきいた場所を確かめるが、もういない。流動が激しい野外のステージは大海原に無人島を探すようだ。手をつなぎ合ったカップル、親子連れ。人混みとサウンドをかき分け、駆け抜けてスタジアムの入り口にたどりついた。彼女と確実に逢うには、ここで待つしかない。 二年間の旅で、たったひとつ置き忘れたものをハッキリと、確かめる時が来た。 素直に自分の思いを伝えるだけ。彼女は最後の曲まで、聴いて帰るのだろうか。クロノグラフの針は、九時を回った。風は冷たくなる。彼女もこの冷たい風に吹かれているのだろうか。サウンドスレイブ、クリスの力強いヴォーカルが、この入り口まで響いてくる。 そのバラードに心を揺らされた。 音楽には国境も境界線もない。自分達の音楽だけでなく、他の誰かが作った音楽でも、オレの空しい思いに一緒に浸ってくれる。胸を打たれる。 そして、彼らの底知れぬ実力に圧倒された。俺がこのバンドをもってしても越えられない壁のようにさえ聞こえた。 クリスの、極上のバーボンのような声もさることながら、エルビスの歌うようなギターのメロディーに吸い込まれた。アートサイダーとはちがう男臭いゴテゴテのサウンドはオレの少年時代からの憧れだった。 モルジブの海で、カーラジオから流れた『キス・オブ・ナイトブルー』が、運転する彼女の横顔を思い出させる。あの瞬間が、こんなにも愛しい。 今のオレが一番欲しいもの……キャサリン。 他の誰もその代わりになることはできない。 「キアヌ」 女の声に肩を掴まれ、意識を取り戻した。 「キャサリン……!」 ピンクの唇が微笑んだ。 「元気そうね。ギターも見違えるほど上手くなって……でもステージを降りたら、あまり昔と変わらないわね。今日は取材も兼ねてここに来たの。噂以上に凄い音楽ね。言葉が上手く纏まらないわ……」 抑えきれない思いは、彼女を抱きしめることでしか、表現できなかった。 「キアヌ……」 彼女の声が耳元でうわずった。あの頃はしなかったほのかな甘い香りがする。その香水の名前がわかる程、女と接してはいない。 閉じた瞳の奥はいつも、オレのウエットスーツをかついで歩いてくる彼女のビキニ姿がよぎる。彼女のしなやかな腕も、オレの背中に回った。 「ずっと、君を好きだった……」 「私もよ……」 言葉は邪魔だった。もうキャサリンを離さない。抱きしめるしかできない不器用なオレが、彼女の心に抱かれていた。 「あの手紙に書いたこと、覚えてるかい……?」 やっと出てきた言葉はそれだった。 「覚えているわ……。ずいぶん男臭くなったわね。ギターも凄い。 もう文句も付けられない……タバコやめてないのね…… ラークの香りがする」 どちらからともなく抱き締め合った。 オレは、モルジブの海で出来なかったキスをした。ほのかに甘い 唇。この胸は愛しさで張り裂けそうだった。 3年ぶり、オレにとって本当の意味での、メジャーデビューだった。 約束を果たした、キスだった。 |
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