スカイファイターエフ
『鷹戦士F』立ち読み
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第1章 白い悪魔
White DEVIL

 Fは飛行の練習に専念した。
 上下左右、変幻自在な飛行をするにはまだまだ胸の筋肉が必要だ。
 今の彼は地上戦で脚ばかりが筋肉もついて異常に長く強く発達したのにたいし胸から上があまりにも細く華奢である。
 脚という重い武器をぶら下げた、羽のお粗末な鷹なのだ。
 日々獲物を狩っては食い、筋力をつけるためにただ羽ばたきを繰り返した。まだまだ成長途上なのだ。
 朝も夜も、ただ飛ぶ。
 スピードを出すためには、加速して何度も羽ばたき、空気を後ろに押しやって前進するのだ。それからの一カ月、この短期間のうちに、彼は胸に筋肉も付き、ずば抜けた飛翔力と飛行術を得た。
 そしてその噂はたちまちのうちに広まった。

 Fはいつしか『白い悪魔F』と呼ばれるようになっていた。

 当時のタンザニアのジャングル最強の鳥はカンムリクマタカのジャンゴー、同じく雌鷲のタイラが勢力を二分していた。

 タイラ、彼女の一族はアフリカの古豪でその時代で最も強き血族のカンムリクマタカにその称号が与えられ彼女で15代目にあたる。
 タイラの名が欲しきものは現時点で最強の彼女に挑戦し勝たねばならない。個々が広大な縄張りの王でありながらも、更に王の中の王を決めるべく、挑戦者が現れては戦いの儀式は行われた。

 この誇り高き血族の女王として君臨するのがタイラだ。



 そして今日も、戦いの儀式は行われた。各縄張りの王達がその戦いを、あるものは樹幹に留まり、またあるものは遠くを旋回しながら視察していた。

「俺の名はシーザス、お前とこのジャングルが欲しくて俺はスカイファイターになり修行を積んできた。俺が勝ったら、俺の女になれ。どうだ」

「生意気な口をきくんじゃないよ、鷹戦士か何だか知らないが、あたしに勝てる男は、この世にいないんだから」

 若く美しい女帝タイラは猛スピードでシーザスに襲い掛かった。シーザスは素早く交わすが、追い打ちのタイラは更にスピードを上げ、そのあまりのスピードに交わしきれずモロに食らってしまった。
 シーザスはフラフラになりながらも向き合うと、一騎打ちでぶつかり合った。桁違いの力に粉砕され意識朦朧と落ちていくシーザスに、さらに追い打ちの蹴りを入れるタイラ。シーザスは気を失って樹幹に落ちた。

「弱い男だ。お前みたいなふぬけと誰がつがいなんて持つものか。吐き気がする」

 そしてタイラは飛び立った。
 ワシ達はその隙のない強さに感服した。
 美しく、冷たく、強い。その強さを見せつけられるたび、彼女に惹かれる男達は、彼女を断念し、諦め切れぬものは戦いを挑み、その非情の爪に切り裂かれた。

 それに対しジャンゴーは縄張り荒らしのスカイファイターだった。
 彼は一度はユーラシア大陸を旅し、カンムリクマタカの地位と力を世界中に知らしめ帰ってきたのだ。
 巣立ってまもなく我こそ最強と自負し、その傲慢さに幼鳥の時期から親に縄張りを追い出された。
 何度も狩りをやっては失敗を繰り返し、初めて成功したときはあまりの飢えに骨までも握りつぶし、たたき砕いて食った。
 それから月日とともに力をつけ、縄張りの王たちを倒し続けることによりその噂は広まっていったのだ。そしていつしかアフリカ大陸の無冠の帝王と呼ばれるまでになる。


 そんな二羽が、偶然にも同じ木に留まっていた。互いに最強の鷹豪(ベストホーク・爪の威力、飛翔能力共に秀でた鷹)相手を見ても喧嘩しない。
 そして縄張りの王を見ては必ず決闘を叩き付けるジャンゴーが、何故か彼女とは戦おうとはしなかった。

「戦ってみたいもんだぜ、白い悪魔か」

「まだ坊やだって言うのにもう五羽のカンムリクマタカがあいつの餌食になったってさ。あの若さで爪豪だって回りの鷹戦士は騒いでる。狩りにおいても大物ばかりを狙う。自分の強さをはかる訓練台に獲物を殺しているって噂よ。あいつは血に飢えた魔物かもしれないね」

 タイラはまだ若い三歳、雌鷲ゆえに体も大きい。

「いくら強いと言われても所詮ひよっ子だ。ただ、つぶすなら今のうちだ。あいつがこの先黒い悪魔になったときは手こずるかも知れない。楽しみだよ」

 ジャンゴーは大きく翼を広げ紺色の空に羽ばたく。当時五歳の彼は力も一番出る時期に来ていた。鉄の女タイラもまた反対の方角へ飛んだ。


 一方のFはこの時期、アフリカ最高峰キリマンジャロにあこがれを抱き始めていた。武器は申し分ないほどに磨かれた。
 あとの問題は、飛行力である。地上の獲物を襲うだけなら今のままでもいい。しかし、強いスカイファイターになるためには飛行術をまだまだ磨かなければだめだ。

 飛行術を、最も磨くための目の前にそびえるキリマンジャロ。

 あの高い山を飛んでみたいものだ。
 少年Fの心は今、飛ぶことに最も興味を抱き始めていた。訳もなく、ただ、高く遠く飛びたい。彼が翼豪(飛翔能力の秀でた鷹)になる為の条件でもある山越え。
 そしてあの山の向こうには、どんな敵が待っているのだろうか。旅にひかれた少年はタンザニアのジャングルから、姿を消した。


 キリマンジャロは標高5985m。次第に緑はなくなり、黒や茶色の岩肌ばかりになってきた。こんなところにも、ハイラックスなどの獲物はいる。
 Fは少なくなる獲物を確実に捕らえながら、ひたすら山越えを目指した。そして4000mを超える砂れき帯からは月面のような、半宇宙的風景の中を進み、氷河を見る。

 そしてついに、今までに体験したこともない極寒を味わう。
 戦いで分かった自分の飛行術の未熟さをもっと完ぺきなものにしたい。山から吹き降ろす風に打たれながらFはただ高く高く飛んだ。
(こんな無様な飛び方でいいわけがない。俺はハヤブサのように速く飛ぶんだ!)
 大きな風に真っ向から向かい、何度も羽ばたき、しかしすぐに風に流される。
(この向かい風を克服してこそ強く速い飛行が出来るんだ!)

 Fはがむしゃらに羽ばたいては流され、時に岩に体を打ち付け、時には遙か上空に飛ばされ、薄い酸素に気が薄れる。
 気が遠くなる高さ、天地が回転し頭上に黒い岩がぼやけて見える。Fは必死でバランスを立て直し一回転してやっともとの体勢になった。そしてまた羽ばたく。
 何度となくこれを繰り返しながら、ついに彼は山頂を射程距離に見た。
 酸素濃度が低くCRP(血中酸素飽和度)が極度に低くなる。人間でもこの極寒で意識が薄れ倒れたりする。しかしこれは幻覚ではない。

(峰が俺を呼ぶ、あの峰に立つ!)



 その瞬間、時の流れも、羽音もすべてが止まって自分だけが動いている。自分の体がどんどん山頂に近づく。
 黒い山の峰。ついにFは最高点ウフルピーク、その岩に留まった。
 アフリカ大陸の赤道下に氷河をいただき、スワヒリ語で輝く山という霊峰キリマンジャロ。こんなところに留まったカンムリクマタカはおそらくFが最初で最後だ。Fは意識も薄れながら下界を見下ろした。

(キリマンジャロの向こうにも、世界があるんだな)

 Fは、より高速で飛ぶ訓練を繰り返した。
 羽ばたきを多くする程、加速力がつく。急降下をするときは、ハヤブサのように羽をたたむ。モザンピーク、ジンバブエでカンムリクマタカ、コシジロイヌワシらスカイファイターと戦い次々と勝利を収め南アフリカで最果ての海を見た。
 初めて見た海は水の怪物のように壮大で、Fはただじっとそのうねる波と水しぶきを眺め続けた。
 砂浜に降りてみると脚が焼けるように熱い。
 舞い上がると大きな温かい風がFの身体を大きく持ち上げた。
 水がうねっている。
 この水は河の水とは全然違う。もう一度波打ち際に降りて水を飲もうと近付いてみた。すると大きな波がFを飲み込んだ。
 その水の山を突き破ってFは再び舞い上がった。海という水の怪物に、すっかり夢中になったFは海鳥たちのマネをしてダイビングしたり、魚を捕まえたりした。



(北へ帰ろう、ジャンゴーと戦う時は熟した)

 旅によって得た飛行術を駆使し、Fは北上する。鳥の移動は速い。一直線で飛べるし障害物もない。わずか五ヶ月にしてFはタンザニアから南アフリカを往復した。そして再びあの霊峰キリマンジャロに挑む。今度は、加速力をどんどんつけて水平飛行にして、すでに300キロという凄まじいスピードを出した。
 このスピードで一気に飛べば短時間で超えられる。Fは白い稲妻になり、かつて何度もはじき飛ばされたキリマンジャロに襲いかかる。吹き付ける風に方向を流されながらも今度は舞い落ちることなく跳び続けた。
(空中戦を制するのは翼だ。俺の行く道があのキリマンジャロの向こうにある。世界最強の鷹になる!)
 そして再び最高点ウフルピークの上空を、今度は留まる事もせず一気に通過した。ここからは吹き下ろしの風に乗って、一気に滑空する。引力を利用した滑空では、どこまでもどこまでも加速がつき時速400kmに到達する。
(俺は鷹にとって最大の武器と翼を得たぞ!誰にも負けない!)
 Fは翼豪となりタンザニアに帰ってきた。



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