スカイ・ファイター エフ
『鷹戦士F』
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第1章 白い悪魔
White DEVIL

 鉄の女タイラは密林のヒヒ三匹の群れと戦っていた。カンムリクマタカとヒヒは生息域が重なることがあり、通常では力関係は五分である。タイラの妹にあたる若鳥を彼女は守るべく立ちはだかっていたのだ。
 ヒヒの戦力は侮れない。肉食性で凶暴な彼らは牙も大きく体重も20kgを有に超え人間でも危ない強力で獰猛な霊長類のプレデターである。しかも密林で戦う場合は相手も木から木を伝いほとんど飛ぶに近い動き方をするから飛ぶ優位は通用しない。
 巣立つ前の幼鳥は4kgを超え贅肉が多く、それだけいいごちそうでもある。
ヒヒが二匹、三匹と集まってきた。こうなると捕まりかねない。しかしタイラは勇猛に戦う。鉄の女の強烈な蹴りが決まりヒヒが落ちた。しかしヒヒの中でひときわ大きい黒いヒヒが現れるやその子分の数も増えた。
「カンムリクマタカを追い出し、このジャングルにヒヒの帝国を作るのだ」
異生物同士の生存競争、それに負けた生物は次々と絶滅を余儀なくされる。タイラがどんなに蹴り落としても、また別のヒヒが現れ、幼鳥に襲いかかった。こうなると、まだ戦う術を知らない幼鳥は鳴くしかできない。ヒヒの鋭い牙が幼鳥の首に抜かろうとしたとき、白い稲妻が走った。ヒヒは悲鳴を上げ、深い地への闇に落ちていく。タイラは白い稲妻が、鳥であることに気づく。そしてすぐに
(白い悪魔…F!)


 ひときわ大きな黒いボスヒヒは 急接近してきた白い塊に反応するのも許されず首を鷲掴みにされていた。あまりの早技にタイラは言葉を失ない、息を飲んだ。ボスヒヒはすでに動かず、ヒヒの群れは糸の切れた数珠玉のように散らばりジャングルに飛び散る。
「大軍と戦うときはそのボスを狙え」
 Fはタイラに目をやった。
「あんたが白い悪魔と呼ばれている坊やかい。私の妹が世話になったね。お礼を言っておくよ。
分かってるよ、あんたが考えていることは。私の名はタイラ、鉄の女タイラさ。ハッハハ、このお礼に、ケンカを教えてやってもいいよ」
 タイラ、それはアフリカでも頂点に君臨している存在でFはまだ駆け出しである。
「あんたは妹を救ってくれた。借りがあるんだよ。あんたがスカイファイターなら、あたしと戦いたくないわけがない。違うかい」
 Fの目が光った。二羽は大空に舞い上がる。所詮まだ白い若鳥、しかもタイラは大型の雌で経験も勝る。ワシ・タカはメスの方が体も大きく力も強いが、これは雛を守るためであり、オスは機敏で狩りがうまい。スピードの雄とパワーの雌だが空中戦になると両者の戦闘能力は双方とも利点を生かせば五分だろう。
 自分の力を計る上でこの上ない相手だ。
(さあ、力んで向かってくるがいいさ、私が叩きのめしてやるさ)
血気盛んに、向かってくるだろうと予測していたにもかかわらず、彼はただ、ゆっくりとしたスピードで彼女の回りを回って威嚇している。タイラもまた、じっと相手の出方をうかがっていた。ただ者ではない。若鳥でありながら相手の力量を、戦う前から計るあたり、実戦慣れしている。そして、何よりも凄まじいほどの殺気がある。その得体の知れぬ殺気に先に挑発されタイラの心の葛藤が始まった。仕掛けるように急接近する。Fは落ち着いた飛翔で交わす。羽ばたきを数回してスピードを上げるとまたゆっくりと滑空。
(もう戦いが始まっている。こいつはこういう戦い方が出来るのか。これはもう百戦錬磨の奴でなきゃできない戦い方だ。こいつはこの年で…)
 タイラの胸中は奇跡という名の興奮のパニックに襲われていた。戦わずして相手の力量が想像できるというのは達人同士でなければ出来ない。タイラはゾッとした。すでに目の前にいる奇跡。この鷹は悪魔ではなく、神の申し子かも知れない。
 にらみ合い、相手のスピードは確実に自分より数段上である。ついに焦れたタイラが先に攻撃に出た。
「坊やのくせに、大人ぶったマネするんじゃないよ!」
 Fは表情ひとつ変えずに垂直上昇で舞い上がった。速い!タイラは我が目を疑った。
そしてまた蹴りかかるが間一髪で交わされる。それを数回繰り返す。
「いい加減かかって来ないか!」
「あんたは俺の敵じゃない」
「何だって!」
「弱い」
「ふざけるな!」
 この瞬間、二羽が急接近した。強引に力でねじ伏せてやろう。タイラが捕まえに来たところをFの長く太く強大な脚が前に突きだし、タイラの側頭部を殴った。電気が走ったような衝撃とともに、タイラは気を失った。そして気がつけば木に舞い落ちたまま、上空をFが西空へ消えていく。タイラは夢中で舞い上がった。
「このクソったれ!借りは返すからね!」

 その夜、大木に留まったタイラは眠れなかった。悔しいだけではない涙が流れた。白い悪魔は自分に手加減をしたのか。現実離れした強さ。自分より戦いを知っている。なぜあそこまで強いのか。どんな天才でも経験しなければ身に付かないものがある。考えれば考えるほど謎は深まる。そして、ため息まじりに彼女はつぶやいた。
「あんたの勝ちだよ。完全に負けたよ」

 ジャンゴーと戦うべく、コンゴのジャングルをさまようF。そしてタイラと会ったのはその一週間後だった。
「F、あれ以来ずいぶんと探したよ」
「借りを返しにでも来たのか」
「そうさ、あんたに私の旦那になってもらうよ。タイラの一族はこのアフリカに、長い歴史と伝統を築く由緒ある血統だ。縄張りもあの山岳一帯とコンゴのジャングルの東半分さ。あんたにとっても、名誉なことだろう。あたしに勝ったご褒美だよ」
 タイラはさわやかに自信に満ちた目で微笑んだ。
「そしたらあんたがタイラの名を次ぐ事になる。この名前はあんたにこそふさわしい名前だ。あんたこそ鷹豪。そして私とあんたなら最高の血統が残せる。文句は言わせないよ」
「断る」
「なんだって…!」
 タイラはわが耳を疑った。どんなに強い雄も倒し続け、断り続けてきたのだ。相手にも断る権利があることさえ忘れていた。それほど自分は最高の女だと信じて疑わなかったのだ。その怒りと屈辱は頂点に達する。羽毛の下の皮膚を真っ赤にしてタイラは叫ぶ。
「イイ女と広い縄張り、これ以上何が不足なんだ!」
「だからお前は弱いんだよ、旅の途中で、少なくとも五羽はいた。お前よりも強い奴がな。お前は井の中の蛙だ。一緒に蛙になる気はない」
 井の中の蛙とは何だ?(…ああ、あの地上の人とかいう生き物が水を貯めておくために作った小さな貯水場か。その中に巣を構えた蛙…)タイラは怒髪に来た。
「それがあたしだっていうのかい!」
 タイラは返す言葉が出てこない。井の中の蛙という言葉は当たっていたのかも知れない。しかし広大な領土と繁殖のためのパートナー、野生界ではこれ以上の贅沢はない。それをいともたやすく切り捨てる、そんなFが矛盾にも魅力的に見える。
「F、いつか負ける日がくる旅を、続けるのかい?あんたの行く道は、死に急ぐ道だ。命を捨てた生き方だ」
「俺は命はとっくに捨てた」
 そう、あの日から、あの巣を飛び降りた日からFは命を捨てた。
「命は捨てるためにあるんじゃないのか」
「あんたの考えは、狂っている。狂っているとしか言いようがないよ」
 Fは何も言葉を返さずただ飛び続ける。タイラはその横を一緒に飛んだ。それはあたかも、ディスプレイ(鳥の求愛行動の飛翔)のように優雅に行われた。Fは着いて来れるかというように素早く飛び、懸命にタイラがついて行く。高く、高く、低く、低く、そして速く、何処までも速く。
 俺の生き方が狂っているかどうか、その目で見極めてみろ。Fはズバ抜けた飛翔力とアクロバット飛行を見せつけ、そして急降下して密林に突っ込み太い枝をすれ違いざまへし折って舞い上がった。タイラにはとても出来ない芸当だ。彼は領土と繁殖というものの代わりに、この技を身につけたのか。
「F…」
 Fは彼女に、偽りのない自分の気持ちを真っすぐに伝えた。
「俺には、戦いしかない」
「…ここで大きな獲物を取りながら、強さを磨くっていう手もあるじゃないか。あたしには獲れないほど大きなシカも、ヒョウだってあんたなら獲れるよ。だから…」
 しかし、こうして一緒に飛んでいるだけで彼女には、少しずつFの心が分かっていった。
「ジャンゴーを倒す。あいつを倒せばこのアフリカに要はない。俺が倒すべき男は、青い頭のワシだ!」
「青い頭のワシ?あのライオンを殺したっていう伝説のワシか…」
「そうだ。そいつを倒し俺が世界最強になる。もっと強い奴がいれば、そいつも倒す」
 タイラはFを理解しようとしても出来ない。いや、理解できないのではなく、それを理解できるほど自分が強くなれないのだということに気がつく。ワシたちは肉食の猛禽である以上、皆強さにあこがれるが、その度合いが他のワシたちとは、かけ離れて強いのだ。野生の掟を全く無視した、彼の生き方にタイラは惹かれていった。これが、真のスカイファイターなのだ。
「ジャンゴーはあたしより強いよ。あいつにはスピードがある、技がある。あんたの考えはよく分かったよ。戦いな。あいつを倒してアフリカのジャングルで最強になるんだ」
 Fは力強く瞳で答えた。

 タイラを破ったFの噂はたちまちジャングルに広まった。腕自慢のスカイファイターたちはFとの戦いを望み、大空をさまよう。しかしそんな彼らがタイラと出会うや木っ端みじんに叩きのめされる。ますますFの名声は飛んだ。

 ジャンゴーが舞う西のジャングル、その横には、彼の弟のビッグサバンナが舞う。
「Fか、白い悪魔の伝説はどうやら本物だったって事か。まあお嬢様のタイラじゃあ本当の強さを得られない。本当に強くなるには旅に出て修業を積まなければ無理だ。アフリカ一の広大な領を持っていても、来るものを待って叩きのめすだけでは得られないものがある。それが精神の強さだ」
「確かに兄貴は世界中を旅してきた。回りのやつらはタイラの血統と広大な領ばかりに目を取られているが、俺には分かる。アフリカ最強は、間違いなく兄貴だよ」
 二羽の兄弟は久しぶりに同じ空を飛んだ。二羽は共にスカイファイター、さすらいながら縄張りを荒らし日々の獲物を捕り、修行を続ける。タンザニアはもとよりウガンダ、ザンビア、南アフリカ、ジンバブエ、モザンビーク、そしてケニア、ジャンゴーはあらゆる国の王を打ち負かしてきた。タンザニアを知るものはタイラを最強という。しかしアフリカを知るものはジャンゴーこそ最強と断言する。兄弟は互いの飛行術を競い合った。弟よ久しぶりに見せてみろ、そして兄貴よどうだ、俺は変わっただろう、そんな言葉を二羽は飛びながら交わす。そしてまた別れた。



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