スカイファイターエフ
『鷹戦士F』立ち読み
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第1章 白い悪魔
White DEVIL

 
気がつくと、目の前に五匹の猫が大きな肉片を引っ張り合っている。
 40kgはあろう大きなダイカーだ。ネコたちは夢中でむさぼっている。
 母親はその姿を優しく見守っている。ヒナを捕まえたときとは全く違う優しい目だ。ヒナは我が親を思い出した。
(おれにも、親がいた…)

 そしてその夜、

(逃げるなら、今しかない…今しか)

 腹を満たした子猫たちは母親のお腹の中で寝始めた。
 しかし、動けない激痛が身体を石のように重くする。弟もこんなに痛かったのか。脚が、背中がビリビリ痛み、動くことを拒絶する。
 このままいつ心臓が止まってもコクリと眠るように死ねそうだ。

(逃げても無駄だ。どうせ死ぬ…このまま死んだ方が楽だ)

 そのとき、彼が見たものは弟の死に顔だった。

(おまえも、強くなりたいって言ってたな。鷹戦士になるんだって)

 ヒナは矛盾と葛藤していた。
 ワシは通常生きる条件をより有利にするため兄弟が殺し合う。しかし彼は、その掟に逆らい、餌もガツガツと食わず弟と分け合った。彼の型破りな生き方はこの頃から芽生え始めていた。
「兄さん、どうして…」
「あとはお前が食え。俺たちは一緒に鷹戦士になるんだ」
 静かな、しかし鋭い目で彼は弟に言い放つと無駄な体力を使わないように寝た。

 火のような痛みは弟の記憶ばかりを蘇らせた。

(そんな俺が、お前を殺した…生きるためだった…)

 ヒナはこのときハッと自分を怒鳴っている弟の顔を見た。
(そうだ……おまえを食って生きているおれが、ここで逃げ出すわけにはいかないんだ! おまえだって、生きたかったはずだ!)
 ヒナはその生涯でたった一度の涙をこぼした。

 そして、最後に弟に言ったあの言葉を。
 最後に弟に言ったあの言葉、その言葉は彼の耳に、心に何処までも反響した。どんな気持ちで弟を突いた……。弟に諦めて欲しくなかったからあんな言葉を叫んだんじゃないのか。

(おれは、最後まで……自ら命を絶つことだけはしない!
 戦う! 最後まで!)


 ヒナはその生涯でたった一度の涙をこぼした。


 そして激痛を背負って立ち上がると、大胆にも猫たちが食い残したダイカーの肉を食いまくった。流した血を得るためにただひたすら食う。
 そしてこれ以上無理だというほど食うと、猫たちの寝ている隙をついて走り出した。
 まだこんなに走れたのか。
 火のような痛みは更に強まった。激痛でバクバク踊る心臓が破裂しそうだ。しかし弟の無念が、脚を、そして魂を奮い立たせた。
 あいつらが追いかけてきたら終わりだ。今度は確実に殺される。
 ジャングルは大きく身を隠す者に優しい。
 小さな岩の洞穴を見つけるとその中に潜り込んで倒れた。息も絶え絶えに、深い、深い眠りについた。

 眠り、全ての生き物が持つ睡眠欲。それは幼い、まだ生まれて間もない者に程、深く大きな力を与える。
 ヒナは奇跡的な回復と成長力を見せる。眠り続けることで無駄なエネルギーの消費と、傷や骨折した骨の回復を図った。

 眠る……
 ひたすら眠り続ける。
 どのぐらい時が流れたのかも分からないほど……


 そして闇から目覚めたとき、痛みは嘘のように和らぎ、羽は驚くほど生え、あふれ出る力とともに立ち上がり、外の光に導かれて洞穴を出た。
 あのときより二回りも三回りも大きくなってる自分に気がつく。





 更に時は流れ、ヒナは幼鳥と呼べるほど成長し、走り続けた脚は長く太く、真っ黒な爪は大きくなり、見違えるほど狩りもうまくなり獲物も大きくなり出していた。初めて2kgほどのハイラックスを狩った。

(俺に力があれば、一緒に生きて行けたんだな)

 心の風穴を弟の記憶が吹き抜けていく。


 更に月日はたち、この頃から彼の環境による技術の高度化と体型の進化が著しく現れ始める。
 走ることが多いことがその脚をより長く太く強靱にさせ、ギリギリの食物で生き抜いたことにより体はより細く、しかし武器はより強力に発達し通常の三倍の握力を得た。

 また大きな肉の塊を丸のみすることがなく、小さな獲物ばかりをついばんできたために、くちばしは自然と小さくなった。羽の生え替わりは遅く、少ないエネルギーは筋力に最大限に使われる。

 あと最大の課題は飛ぶことである。幼鳥は獲物を追いかける時に自然と羽ばたきをしながら、加速力をつけるようになっていた。

 風が強く、大空のどす黒い雲が次々と飛ばされていく。
 茂みのざわつく音までもかき消され、ヒナは忍び寄られていることにも気付かぬまま、あのゴールデンキャットと出くわした。すでに逃げられない距離にまで詰め寄られている。あの恐怖の記憶がよみがえる。

(兄さん、負けたら許さない!)

 ゴールデンキャットの顔が弟の顔に変わって彼の心に叫んだ。
 戦う。逃げてばかりではいつかやられる。
 ゴールデンキャットが飛びついてきた。幼鳥は目を大きく見開いてすべてのものを見極めようとした。
 時間が止まった。

 首を握りしめてやれ。

 それが生き残るための最後の手段。ヒナは爪を握りしめた。
 あの時は武器がなかった。今は武器がある。この爪と相手の急所を結ぶ最短距離を寸分の狂いもなくなぞるのだ。

(戦う!こいつに勝つんだ!)

 ネコの両爪が挟み捕まえるように伸びてくる。脚を早く突き出せばあの爪に邪魔される。待つんだ。そしてゴールデンキャットの魔手が肩を掴むほど接近したとき、
(今だ!)
 幼鳥の脚が稲妻のように相手の首に襲いかかった。ゴールデンキャットの両腕が彼を捕まえたとき、その脚は相手の首を掴んでいた。
(殺す!)
 幼鳥は羽ばたきながら渾身の力でゴールデンキャットの首を締め上げる。ゴールデンキャットはびっくりして暴れまくり幼鳥を振り回す。
 これを離したら逆襲される。爪は何処までも締め上げた。頸動脈が破裂したゴールデンキャットは血を吹き出し、さらに暴れまくった後ついにバタリと倒れた。腕がかすかに動いている。
 まだだ。
 最後まで油断できない。あの地獄を知っている幼鳥は最後の詰めまで全力を尽くした。ついに腕が動かなくなり、首は半分以上切断された。
 動かなくなったゴールデンキャット……。生死を懸けた戦いで生き残ったのは、狩りに慣れたハンターではなく、獲物と見なされた幼鳥の方だった。

(勝った……俺は勝ったんだ!)

 幼鳥は勝ちどきの声を上げた。そして何度も羽ばたく。
 沸き上がる勇気を抑えきれず、無我夢中で羽ばたく。飛ぼうなどと思っていない。ただ勝手に身体が求めて羽ばたくのだ。
 その体がフワリと浮いた。頭上から何本も差し込むジャングルの木漏れ日に導かれ、体が見る見るあがっていく。あの、地獄に吸い込まれるように落ちていったヒナが今、若鳥となって再び舞い上がり、あの巣の高さを超えた。

(飛べる、やったぜ、みんな!)

 みんな、それは彼の脳裏に浮かんだ弟、母、そしてまだ見ぬ父。

(これで俺に怖いものはない!)

 そしてついには樹上を超え、翼いっぱいにおおきな風を受け、幼鳥は若鶏になって空に乗る。

(俺は戦う!俺は鷹戦士、Arms Fだ!)

 彼は自ら命名した。
 Armsは武器、Fは不屈のファイトを意味する。
 カンムリクマタカの初飛行は通常120日とされるが彼はわずか75日で飛行した。通常は初飛行後も9〜11ヶ月は親にエサをもらうが彼はもうすでに自分で狩りが出来る。体はまだ白い産毛が抜け切れていない。全身を雪のように真っ白な羽毛が包み、若鷹は大空に舞う。

(強くなる、生きるために、俺が俺であるために!)



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