第5章 生きる戦い
A battle for survival
「カンムリクマタカ、俺の力を思い知るがいい。鳥の王者はお前ではない。このヒゲワシのアトラスだ!」
若き日の荒くれだった気質がこのとき、むき出しになった。
羽は折れたのか。Fはボクサーの身のこなしで素早く交わしながらチャンスをうかがっていた。地上の彼の脚はヒナの頃から鍛えてきたため通常の三倍のスピードで動ける。
(クラウス、いいことを言ってくれたなあ、俺だって、飛べなくても鷹戦士だ!)
そしてアトラスが渾身の一撃を打ち込もうと大きくくちばしを振り上げたその時、
バシィッ!
Fが素早く飛びかかりアトラスの胸を掴んだのだ。そのとき、無理矢理の強い羽ばたきが奇跡を起こした。Fの外れた間接がはまったのだ。胸にかぎ爪を深く打ち込み、Fはそのまま羽ばたいた。
(飛べる!俺は飛べるぞ!)
アトラスの叫声が山岳一帯に響き渡る。そのとき、Fの体が舞い上がり、アトラスを茂みから引きずり出し大空に舞い上がる。
部下のハゲワシ残る二羽はアトラスを助けようと襲いかかり、Fはあらがうアトラスを離すと急上昇、急降下で二羽のハゲワシも切り裂く。深手を負ったアトラスはフラフラと地面に落ちた。戦いに参加していない他のハゲワシたちはその更に遠く高い上空に輪を描いて飛びながら徐々にFに接近し始める。Fの目は殺気をみなぎらせ爛々と輝いている。
(俺は勝つ!)
大軍相手に戦い慣れているFはアトラス一羽に狙いをつけ急降下を始めた。その目を見た時アトラスは殺されると思った。
(格好悪くてもいい、俺は生き残る!まだまだ生きたい!)
「待て!負けだ!俺の負けだ!あの獲物はお前のものだ!」
アトラスの叫声が猛り狂ったFの胸に届くだろうか、ただその声が届いてくれるのを彼は願って必死に叫ぶ。
「お前の勝ちだ!俺たちは手を出さない!殺さないでくれ!」
Fはアトラスに向かっていく途中で大きくターンし上空に舞い上がった。負けを認めたものにそれ以上の傷を負わせる必要はない。Fは燃えたぎった血もようやく冷え収まり、上空を旋回しながら勝ち鬨を上げる。その声はハゲワシたちにも響き、集団はFから離れ、木や岩場に留まった。
「アトラスさまがやられた、どうするよお」
その動乱から新たなる挑戦者が現れる。
「俺があいつを倒して、このコロニーのボスになる!アトラスの時代はもう、終わりだ!」
Fに向かってきたのはあのダークだった。もし彼が勝てば、このコロニーの新しいリーダーが彼になることは間違いない。若いダークは空中戦を挑んだ。
「ダーク、やめろ!死ぬぞ!」
アトラスが叫ぶ。
「死ぬのが恐いかクソジジイ!俺はお前とは違う!この恥さらしめ、こいつを倒してやるからてめえらみんな見ていろ!」
生きる場所をなくしたダークの最後の意地である。ミミヒダハゲワシの戦力は決して侮れない。体が大きい分羽ばたきの風圧も強く、くちばしは人の目をえぐり出すほど強力だ。彼らはくちばしで執拗に弱った大型獣に傷を負わせ、そこを集中攻撃で食い破って群れで殺すこともある。地上戦なら難敵だがここは空中だ。
ダークの蹴りかかりをFは素早く交わすと、今度はターンして急接近し、胸を蹴る。ダークはその力に驚いた。骨をも砕くFの爪はさらにその体をすれ違いざま引き裂く。ダークが追いかけクチバシで一撃を打ち込もうとしたところを見切ったFはすぐにその首を片足で掴んだ。
(しまった!)
ダークは生と死の狭間で、その激痛に耐えながら、必死に叫ぼうとするが声が出ない。
(アトラス、お前の言う通りだった、苦しい、殺される!)
殺戮本能に火がつき、Fはそのつかんだ首をギリギリと締め上げ切断した。ダークの首のない体が羽ばたきながら地面に落ちる。ハゲワシたちはFの力がやっと分かり震え上がった。その光景をアトラスは涙を流して見つめていた。
「無駄な戦いはもうやめようぜ。あいつだけであの獲物を全部食えるわけがねえ。待てばすむことじゃねえか」
それがハゲワシ達の掟なのである。彼らはFを認めたのだ。Fは彼らを警戒しながらもゆっくりと自分の仕留めた獲物の上に舞い降りる。
そして獲物を食い始めた。ハゲワシたちはその周囲を取り巻き、岩や木々に留まると、Fが食べ終わるのをじっと待っていた。Fは肉を食い、生きるエネルギーを羊から得ると再び回りを睨む。ハゲワシ達は微動だにせず、ただ執念深く、首を垂れて不気味にFを視察していた。Fは腹を満たすと、仕留めた羊の上で大きく羽ばたき天に向かって叫び、ついに羽ばたく。Fは100羽のハゲワシ達との戦いに、今度は戦わずして勝ったのだ。
Fが去った後しばらくして、ハゲワシたちが羊の死体に群がる。弱肉強食の掟は彼ら肉食達の間にもあるのだ。生きることは常に死が隣り合わせにあることなのである。
やがて傷ついたアトラスは立ち上がり、再び天に向かって叫び、他のハゲワシ達を押しどけて骨を引き抜く。
(ダークよ、お前が見せしめとなって仲間達は無駄な戦いをすることを諦めた。お前が仲間達を救ったのだ。俺はこの群れのボスとして、泥にまみれ、血にまみれ、石にかじりつき、恥をさらしながらも生きていくぞ。あの世で見ていてくれ)
こうして彼らは、弱肉強食の掟の元、明日も生きていく。夕陽が赤く燃える。どこかで見た事が有る色。あのガインの鬣の色だ。アトラスの懸命の叫びが、生きる執念にも思えるFだった。
(ガイン、お前も生き続けろ。あのアトラスのように。またどこかで、お前に会えそうな気がしてきたよ)
Fは夕陽の彼方に消えていく。
そして、夕暮れ色に染まったサバンナ。地平線の向こうの木は黒く影を落とし、静かに風が吹く。真昼の灼熱を、全ての生き物たちに謝っているかのように。
ガインは血戦の末、ゲルムとマッドを倒し、夕陽に向かって吠えた。その横にはあのライザが寄り添っていた。
「また俺達の子を作り、このハーレムを守っていこう」
「あんた、前より大きくなったよ。心も体も」
ガインは目を細めて夕陽を見つめながら
「あいつが教えてくれた…」
「えっ…」
「俺は地獄からここに戻ってきた。だがその地獄へ、自ら飛び込む鷹がいた。地獄路を我が道と進む鷹がいた。俺はあいつと同じ道を行くことは出来ない」
「ガイン……」
ガインはこのサバンナの王者として最後まで戦い抜くことをライザに誓った。あの夕陽に。
そしてその向こうの無限の道を進むFに…。
俺は地獄から戻ってきた。
だがその地獄へ、自ら飛び込む鷹がいた…。
|