第4章 戦争の鷲
Martial eagle
ここは戦争が続くナイジェリア。憎しみが憎しみを生み、殺戮が殺戮を生む。ヨーロッパの進出、奴隷として終生を終えた人々、複雑な社会が生み出した人々の押さえ切れぬ怒りは、何処をゴールとするのだろうか。
そして乾いた大地に、今日も銃声が鳴り響く。その音で目を覚ます野生動物たちもいる。
「ギルスよ、お前はアフリカ最強のスカイファイターになるんだ!負けてもいい、最期には勝て。アフリカ最強はカンムリクマタカではない、我が一族、ゴマバラワシだ」
ゴマバラワシは、アフリカの原野で古き時代から原住民に狩りの猛威を人々に見せつけてきた。そして付いた名前が英名Martial eagle(戦争の鷲)である。
(親父、俺は強くなるためだけに命を懸けて戦ってきた。これからもこの道を行く。このサバンナは力が正義だということを教えてくれた)
そして彼が目を閉じたとき、そこにはハイエナの群れがとぐろを巻いて駆けめぐった。空へ飛びたい、空を飛べれば…ギルスは草原を駈けながら必死で羽ばたく。
あの時、木から落ちなければ、父と母の言うとおり、初飛行をあと三日遅らせていれば……。これを後悔というのだろうか。
あの言葉が耳鳴りのように聞こえる。
「飛ぶのはまだ早い!それよりは爪の力を鍛えるんだ!」
「いやだ!もう骨を握りつぶす訓練なんざ飽き飽きだ!俺はもう飛べる!」
襲いかかるハイエナを、父と母が、その爪で引き裂き、肉をもぎ取り追い払う。大きく立派な体格をしたギルスは無駄な肉も多く7kgの巨体で肉食獣にとっていい獲物だ。
「ギルス、飛べ!」
ギルスは懸命に羽ばたいた。ハイエナのリーダー、グランは巧みに指示を出す。そして無理な攻撃で疲れ果てた夫婦のワシは遂にハイエナの牙に捕まえられる。母鷲の羽が食いちぎられ父鷲の片足がかみ切られ、ギルスが空を飛んだときは両親はハイエナ達に食いちぎられ引っ張られていた。
「ギルス、世界最強のスカイファイターになるんだ!」
これが父の最期の言葉。そして首をかまれ絶命した。むさぼり食われる両親の上空をギルスは飛ぶ。
(ハイエナを見るとあの日を思い出す。そして俺は、ハイエナ殺しになった…!)
ギルスは地上を這う、孤立したハイエナに狙いをつけ急降下を始める。黒い爪が殺しの匂いを漂わせ不気味に光った。
サバンナ。ライオンが茂みから飛び出し、背後からヌーに襲いかかるが後ろ足で蹴られた。一撃を交わされると狩りの成功率は極めて低くなる。ヌーは長距離戦でのスタミナ勝負に出る。砂埃をライオンの顔に浴びせ、大地を蹴って何処までも走る。二頭のライオンはヌーの力強い脚力に付いていけない。トップから引きちぎられるマラソンランナーのようにライオンたちはヌーを諦めた。
そのとき、丈の高い草をかき分けて五頭のハイエナがそのヌーを追いかけ始めた。
ハイエナのスタミナはヌーを上回る。そしてハイエナはライオンより早い。走らなければ死ぬしかない。いや、走っても死ぬしかない…
「ワシっていうのは馬鹿な生き物だよ。組んで襲えばどんな獲物でも仕留められるものを、馬鹿正直に一騎打ちしかしない。応用が利かない生き方だ。王様気取りで空を飛んでいるが、生存競争には一番弱い。あいつらは弱者だ。アタシたちこそ強者だ」
ハイエナは母系社会、メスの方が体も大きく、強い。メスのボス、グランは群れで倒したヌーの上に立ち、仲間達を前に大空を飛ぶゴマバラワシを見てあざけり笑う。ナンバー2のガルマは統率を促すように吠えたて、ボスの声を聞けと言わんばかりに獲物の周りを歩く。
「生きることにどん欲になれ、生きたものが勝ちだよ!」
サバンナの草原は風の色も、たなびく草もバオバブの大木も、そして空もオレンジ色のグラデーションをかけたように夕陽に染まっていた。
グランは遠くにライオンの群れを見つめ憎しみをかみ殺すような低い唸り声を上げた。
「ライオンどもめ、いつもアタシたちの獲物を横取りする。見ているがいい。貴様らが弱り切ったら独りずつ間引きして俺たちの餌にしてやるよ、狩りが下手なライオンども、薄汚く生きるライオン共め!」
その夜、グランの群れは獲物を横取りに来た若いオスライオンをチームワークで追い立て、殺した。
「ライオンだって群れになれば殺せる。仲間達よ、アタシたちはどんな動物でも勝てるんだ!」
ライオンの首をかみ砕いたグランの血に汚れた口が、夜のサバンナに銃声と重なって結束の唸り声をあげる。
ギルスは飛ぶ。そして地上の孤立したハイエナを見つけると急降下を始めた。投石が首にぶち当たるような衝撃にハイエナはひっくり返った。ギルスは高いところから地上を見ているから全てが分かる。このハイエナを更に群れから離す追い立て方をする。周りのガゼルやインパラ達は大あわてで逃げ回りながら叫ぶ。
「ギルスだ!」
「ハイエナ殺しのギルスだ!」
インパラたちは歓喜の声でギルスを英雄のごとく崇め叫び回る。
「ギルスよ!俺たちの仇を討ってくれ!アフリカからハイエナを滅ぼすんだ!」
ギルスはハイエナを殺しまくった。
(ハイエナども、お前らは群れなきゃ何も出来はしない。弱いから群れて生きる。本当に強いのは俺たちワシだ!思い知るがいい、常に一対一で戦い続けた俺たちに、群れて生きるおまえ達が勝てるわけがないんだ!)
彼を最強の地位にのし上げたのも、この憎しみの力なのだ。
度重なる急降下の一撃。ハイエナは血を流しまくって意識も薄れよろめいた。そしてトドメの一撃を首に打ち込む。暴れるハイエナをギルスは怪力で押さえつけて首をへし折った。
怒りを静めるように、息を荒げながら、このとき一抹の虚しさを感じる。
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