第二章 ベルクート允
Berkut Joe
家の外では、あの允が木に留まって家の明かりをじっと見ている。允は小屋の中に入った、まだ若いイヌワシを見つめ、その小屋の柵に飛び乗ると声をかけた。
「よお、そろそろ食ったらどうだ、腹が減って仕方ないんだろう?」
「なんだお前は?」
「俺はここの人間と一緒に狩りをして暮らしてる。お前と同じぐらいの時に捕まえられてな、ずっとここで暮らしてるよ」
「人間なんかの家来になって獲物を狩っているのか、情けない奴だ」
「俺が主人だ。ムラトベックは俺のいい片腕だ」
若ワシは、みにくい人間の姿が目の前をうろうろするだけで胸くそが悪くなった。
「近寄られるのも御免だ!」
「そう言うな。よくよく見ればかわいい顔をしているぞ」
「ケッ」
若ワシは枝木に留まってふて寝した。
若いイヌワシは天山山脈にちなんでカクシャールと名付けられた。
そして、次の日も彼は餌を食わず、ムラトベックが盛んに肉をくちばしの近くまで棒につけて持っていっても爪を振りかざして蹴りかかるだけだった。目だけが異様なまでの殺気を放っている。
攻撃性を見せつけられるほど、その気高さにムラトベックは感激した。
その夜、允はまた若ワシの小屋の柵から頭をつっこんだ。
「おい、そのまま死ぬ気か」
「うるさい!」
「フッ、まあ今のお前に何を言ってもムダだな」
若ワシの目は夜になっても殺気をみなぎらせたままである。
「勝手に死ぬのもいいが、お前に一つだけ聞きたいことがある」
「なんだ」
「オオカミを殺したことがあるか」
「オオカミ…バカを言え」
「俺は出来るぜ、お前みたいな腰抜けと違ってな」
「な、なんだと貴様…」
「オオカミなんてバカを言えか?そんなこと言う奴は腰抜けだ」
鷹狩りで訓練されたオオタカはツルを襲う。しかし野生のタカはそんな危険なことはしない。
人間に訓練されることにより、ワシやタカは最大限の力を発揮するのだ。野生のワシは、いかに生き抜くか、しかし人間に飼われているワシは、いかに狩るかだ。
そこに両者の大きな違いがあり、大物を仕留めることに価値がある鷹狩りは、逆に狩りにおいては野生のものよりハードな訳だ。
「オオカミを狩るところを見せてやる。とにかく今は、その肉を食って寝ろ」
允はその言葉を残して、自分の止まり木へ戻った。
「オオカミを狩るだと…」
次の日、ムラトベックはカクシャールと、明かりを消した小屋の闇の中にじっといた。彼ら猛禽は決して人間に心を許すことがない。そんな彼らを腕に留まらせるには闇の中という設定を作り、まず最初は、光を遮断した室内で腕の上に止めることからはじめる。何も見えない暗闇の中では、カクシャールもじっとしているしかない。数日間、個体によっては1週間以上、ほとんどの時間を闇の中でただ黙ってじっとすわっているだけの日々、普通の人から見れば、なんと退屈なことだとも思えるがムラトベックはこの期間が逆にゾクゾクした。
人間で言えば初めてあった好みの女性をいかに自分に注意を引かせるか、最も手探りな状態である。
(オオカミを狩る…本当にこんな事をしていて出来るのか)
闇の中でカクシャールは葛藤し続けながらも、ムラトベックとの心の距離が敵から一動物に見えてきた。いつもじっと一緒にいて何も危害を及ばさない、カクシャールはいつしかムラトベックは敵ではないと認識した。
そんなある日、今度は小さなローソクが1本ついている。ムラトベックの顔をカクシャールは確認した。音のない静かな世界は、麻酔をかけたようにカクシャールを落ち着かせた。ローソクの明かりは日を追って2本、3本と徐々に増えていった。
これは鷹匠が鷹をならすために必ずやることで、完全に明るいところで腕にじっとしているようになるまでに、1日10時間ついやしても20日以上はかかるという。こうして明るさに慣れさせたら、腕に止めたまま外を歩き、外の環境に慣れさせる。
これもまた、最初は鷹を興奮させないように夜中に歩き、次は薄明りの朝、そして昼間の人通りの中に連れ出していくようにする。
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