オ ー デ ィ オ キ ラ ー Audiokillar |
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Audiokillar ◆目次◆ | |||||||
第三部 LIVE・戦いの果て | |||||||
第十四章 魔手 〜キアヌ・クルーガーの章〜 それは、オレが知る由もない、ホワイトルークでの出来事。 「キアヌ・クルーガー、カルビン同様目障りになってきたな……」 ゲーリー・ダグラスは脚組みしてソファに背を持たれる。テーブルには黒々とツヤ光りのするケーキにろうそくが立てられている。 ジョシュはライターで一本一本、火をつけていく。 「65本……歳を取ったものだ……欲しいものが多すぎた。手に入れるたびに歳を取っていった。気が付いたらこの歳だよ」 「欲張りなお方だ……この上まだ欲しいものがあるとは……」 ジョシュがライターをしまうや、ゲーリーは身を乗り出して一気に火を吹き消した。 「欲しいものだらけだよ。世界は広すぎる」 ドアがノックされた。 「入れ」 黒い陰がシャンデリアの光に青い輪郭を浮かべ、男が金属音を響かせ入り一礼する。 ジミーはゆっくり頭を持ち上げ、痩せこけたアゴをさすりながら、壁際に立ち並ぶシークレットサービスたちをギロリと眺め、最後にゲーリーと視線を合わせた。 「よく来たね、ジミー・オーデュボン」 「はい……あなたが私にやったことは、とても許されることではない。しかし、私は科学者以外の何者でもないんですよ。研究さえ出来ればいい」 ゲーリーは立ち上がり歩み寄ると、その身体をガッシリと抱きしめた。 「ジミー・オーデュボン、私を父と思って何でも頼むがいい。あれば仕方なかったんだ。君のレーザー銃の発明は、のちに認められた。あの戦いで中東抗争に置いて、我が軍は莫大な被害を得た。つまり君は正しかったんだ」 ジミーは左足で、思いきり床を蹴った。 「この音が不愉快だ……私が歩く度にガチァガチャとうるさい。仕方がなかったと……」 ゲーリーはゆっくりとその身体を離し、彼をまっすぐ見つめナイフを渡した。 「私が憎いなら、そのナイフで私をメッタ刺しにすれば気が済むかね」 ジミーは愚かしきものを見下すようにナイフをシャンデリアの光にあぶり、ゲーリーに返した。 「私はあんたとは違う。このナイフはアンタだ」 ゲーリーは彼をソファに招いた。 「君のおかげでわが軍が苦戦を強いられたことも忘れないでほしい。 君の射殺は当然の報いでもあった。そうしなければレナード軍の全兵士に対して、示しがつかなかったんだよ」 ジミーは軽くうなずいた。 「分かっているつもりだ、私もそこまでバカじゃない。この義足も、あの牢獄での日々も、全てはまた私が研究所に立つための試練だったと思えば納得できる。私は何よりも殺人兵器の開発が好きだ。そして人間が嫌いだ」 「私は神の国を作りたいんだよ、ジミー。レナードが政権を握る世界。それには駆除せねばならぬものがある」 三人はシャンパンで乾杯する。 「このめでたい日に嫌な報告をせねばならないが……ケビン・レノンが生きている」 ジョシュが二人を交互に見ながら言った。 「間違いなく、スコット・トレモンティです。そしてもう一人厄介なのがいる。角魔大鷹、アイツの声ならAudiokillarはあのヤンキースタジアムでブラスターがやった戦車破壊ライブの数百倍の威力になるらしい。あの異常な声は何としても始末しなければならない。 しかし想像を絶する剣の使い手でもある……」 「この数百万のレナード兵士の中でアイツを倒せる男はいないのか。もう何度失敗した」 ゲーリーは壁際に敬礼する男の目をにらんだ。 特殊部隊司令官に当たる陸軍中将ドゥエインは敬礼する。 「一人だけ用意しています。角魔には角魔道場を出たロシア兵の刺客、しかも腕はあの男以上、必ずや角魔大鷹を抹殺します」 「名前は」 「エリツィン・ヴォリスキー。既にスパイとしてインダス連邦ハーシミーの護衛兵として使えておりまする」 「面白い……いいだろう、期待しているよ」 「Audiokillarはルシファーか」 ゲーリーは我が手のひらを見つめ、そこに浮かぶ幻影を握りしめた。 「大丈夫、ケビン如きには負けません。私はかつて、ハーバード大学を首席で卒業した。アイツは次点でしたが、そこには大きな差がありました。Audiokillar如きでは破壊できない新素材のプラスチック合金による長距離弾道ミサイルを、完成させてみましょう」 「やはり君の頭脳は必要だ。このケーキを切るナイフだ」 「そしてあなたは、食べるだけだ」 三人の笑い声は、夜の闇を動かし始めた。 * * ブリティッシュロックの聖地、ロンドン公演。 拳が黒い空間に何万本も突き上げられ、赤く、蒼くライトに染まる。アートサイダーのサウンドは、失神者を続出させた。大鷹の神がかり的なヴォーカル、呪いがかかったアドルフのドラム、体を揺さぶるダルコのベース。 オレは大鷹のヴォーカルに負けないくらい、ギターを歌わせた。大鷹の高音でこそ実力を発揮するヴォーカルは、横でギターを弾いているオレでも失神しそうになる。 身体中に電気を通したように、心に響いてくる。 だからこそオレもギターを、思い切り弾くことができる。 大鷹は片脚をアンプに乗せたまま会場にマイクを向け、自らは肉声で歌った。それでも大鷹の声は聴き取れる。 なんてヤツだ。興奮した大観衆が手を天に突き上げながら歌う。 そしてドラムインストが始まった。 ここでは、アドルフ以外の奏者はいない。ジェンベフォラの呪いをかけたドラムソロが観衆を集団催眠のように陶酔させた。耳の肥えたロンドンっ子たちが、地元レナード以上の大フィーバーぶりを発揮して、初日の公演が終わった。 タックルして大鷹の太ももを取り、オレは押し倒した。大鷹は頭を殴るが身体がくっついているから効かない。そのまま腰に抱き付き左肩を掴んだ。そして右肘を大鷹の首元に押さえつけた。覚え立てのギロチンチョークだ。 「まいった、俺の負けだ」 ホテルの相部屋でダブルベッドを二つ付けての戦闘訓練、オレは放心状態になった。 「勝った……初めて勝った……!」 「短期間の間にずいぶん強くなったな。今日のはおまけだ」 大鷹は起き上がると膝で歩きながらヒョイとベッドを飛び降りた。 「へへ、感謝してるよ、師匠」 「銃ではお前が師匠だからな」 「これでレナード兵の二、三人には素手でも勝てるか?」 「多分な。俺の脚を取れるスピードを身につけたんだからな」 大鷹はソファにクルリ、ドスンと座った」 オレはギターを取り、ゆっくりアルペジオでAmを弾いた。大鷹が俺を睨んだ。俺は更にEmへと移調した。 大鷹がメロディーを口ずさんだ。ビックリしたのはオレだ。歌詞がもう出来て彼の唇から次々とドラマのように、つづられていく。 オレはギターでサプメロディーを引く。同じコードに当てはまるように、彼は、メロディーラインを、歌っていく。二つの才能が、もろ刃の剣で斬り合っている心境だ。オレはいろんな面でお前に負けているかもしれないが、作曲センスだけは負けない。 そんな闘魂で立ち向かった。 オレと大鷹が、互いの道を進みながら一つの曲として形成された。 「大鷹、これ凄く良くないか」 「使えるぜ、新曲だ!」 オレと大鷹は互いの右手のひらを殴り合った。 イギリスでは国王に招待され、フランス、スペイン、ドイツ、イタリアとアートサイダーのライブはヨーロッパでも大旋風を巻き起こした。 スタジアムの闇とステージの赤いカクテルライト、国々を揺るがす重低音のサウンドと、大鷹の気絶を免れぬシャウトにヨーロッパがノックアウトされた。 大鷹の声は人間を超越している……。 そしてアドルフの呪いは世才平和祈祷へと変っていく。 俺はギターマニアという週刊誌にプレイを実演してみせる取材にツアー中も追われた。そしてこんな慌ただしいツアーを見守る軍神ダルコ。人混みをかき分ける際は彼がいつも先頭を歩いた。 ツアー中にアルバム制作という過酷なスケジュールも無事終了し、サードアルバムはイタリアで完成した。 個々の技量の高さをヨーロッパの人々は絶賛する中、オーストリアだけは大鷹の顔がステージ以外で暗かった。 ホテルの窓縁に片肘をつき、うつろな瞳で青い空を見上げる大鷹、そんなシーンだけがこびりついたオーストリアだった。ウィン少時代の親友らしき二人のオペラ歌手、ガブリエルとルーベルトがホテルに来たときは、彼の目が一際輝いた。 「大鷹、素晴らしい活躍だ。アートサイダーの曲はロックでありながらクラシックだ」 ルーベルトが大鷹の手を取った。 スウェーデン人だけあってダルコと同じぐらい背が高い。大鷹が先輩と称する彼もまた、一流の匂いがした。深いグリーンの瞳が印象的だ。 入れ替わってガブリエルと縦揺れの激しい握手をする大鷹。悪友とも親友ともつかぬ関係が伺えた。大鷹の笑顔が見られたのはこの瞬間だけだった。 それだけに一際鮮やかな、美しすぎる笑顔だった。 大鷹は女なのではないか…… そう思わせてしまう美貌、そして肌とライン。どっちでもいいことだとアイツは言うだろう。オレに出来ることは、今まで通りに接すること。 その夜、久しぶりにアドルフとホテルの一室で、ソファに座り猫背に向かい合って飲んだ。酒の肴のピーナツはセネガルの夜を醸し出していいもんだ。 「久しぶりにダイオウぅが笑ったな」 その氷の微笑が鮮やかに脳裏に浮かんだ。 「ああ……なあ、アドルフ……」 「なんだ……」 「いや何でもねえ……」 「そうぅか……。カクマダイオウ……、あいつぅが女で黒人だったら、ワタシはプロポーズしたかもしれないよ。女装したらすげえ美人だよな」 「だろ! アイツ変だよな!」 アドルフはウィスキーを吹き出した。 「確かにキレイだ、時々そそられるときがあるよ、あのフトモモに」 「だよな! フゥ……オレだけじゃなくて良かった……」 「フッ、まさかアイツにドキッとする自分をホモじゃねえかって悩んでいたのか?」 「いや……ああ、ちっとはあるよ。矛盾の固まりだ。友情なのか、友愛なのか、恋に近いものなのか……ホントに分からない」 「別にどうでもいいんじゃあないのか。ホモでも。アレキサンダーの時代はホモこそ最高の友情の証と言われた。友情を大切にするお前らしいといえばそうじゃないのか」 「やっぱり違うや。ホモだったらアンタやダルコも同じ視線で見るってことだよな。それはねえや……」 急に可笑しくなって吹き出しながらソファにもたれた。 アドルフもクスクス笑った。 「その通りだ。ワタシは黒い肌にしか興味はないからアイツぅを異性としては見ない。それでもたまにゾクッとするよ。 今でこそメンバーみんな個室だが売れる前は四人一緒の楽屋だったよな。もう三年もやっているのに今までに1度も楽屋で一緒に着替えたことがない」 「オレもだよ」 「だが彼は……オトコだよ。あのハートは匂うぅくらい男臭い。例え身体が女だったとしても、男として接していけばいいんじゃないか」 「……賛成だ」 アートサイダーはワールドツアー最後の国、インダス連邦に乗り込む。レコード会社キングKからはライブを中止して、帰国するよう指示が出ていたが耳を傾けるものはいなかった。 レナードの敵国ともなるインダス連邦、この地で友好大使を勤める事こそ我がアートサイダーの使命だとスコットは言った。 我らはインダス連邦のハーシミー大統領に招待を受けた。 中近東ならではのアラビア風な壁画に四方を囲まれた白い柱の明るい部屋。 セネガルの匂いがするとアドルフは呟いた。 大統領は、威圧的な態度ですでにソファに座ったまま左右に側近の部下を従えている。その数もズラリと十数人、我らに座れと片手で合図した。 ハーシミーの褐色の肌とつりあがった眉、鋭い大きな目は相手を萎縮させるに、十分の迫力と殺気を放っていてオレひとりなら、近づけなかったかもしれない。その目がオレをにらんで、片脚をゆっくり組んだ。 権力で押しつぶすような脚組みだ。 しかし大鷹がいる、ダルコがいる、アドルフも、スコットもいる。死ぬのは一緒だと覚悟を決めてしまえば、この憶病な足も、一歩ずつ前に進むことができた。 こんな時も先頭を行くのは、ヴォーカルの大鷹だ。 バンドの花形としての宿命を担って、むしろそれを望んでいるかのように、彼は威風堂々とした態度で首相の前に座り、ゆっくりと脚を組んだ。 脚組みはやばすぎる。スコットも口許を歪めてオレの目を見た。オレの視線は大鷹に飛び、大鷹は大統領をじっと見据えている。大統領側近と他の四人のメンバーが緊迫する中、二人は言葉もなく、真っすぐ睨み合っている。 汗の出るにらみ合いだった。 「お招き頂き光栄です、ハーシミー大統領」 ハーシミーは、腹の底から空気を小刻みに噴き出し、ついに大笑いを始めた。 大鷹も小刻みに息を吐き、微笑んだ。二人の睨めっこは先に笑ったハーシミーの負けだったと、あとでダルコがオレに言った。 「わが国でライブをやってくれるとは光栄だよ。あなた方も知っていると思うが、今わが国と、レナード合衆国はあまり良い関係とはいえない。 ただ私は、SKYが好きでね。空を信じるという部分が胸に響くよ。私は、元空軍の部隊で活躍していた。正にスカイだ。この部分に感銘したよ。 アートサイダーは特例として入国を許可した」 「あれはキアヌが書いた曲です。明日のライブへ、ぜひお越しください」 「いいだろう、予定に入れておこう」 オレにはやっと分かった。 二人の立ち入ることのできない間合い。大鷹の目に潜む魔力にハーシミーは吸い込まれたのだ。ハーシミーは気さくに話しかけた。 「後にいる大きなベーシストは世界チャンピオンのダルコじゃないか」 ダルコは一礼して大鷹の隣に座った。そしてメンバー全員が座り終えた。 「せっかくワールドツアーで我が国を訪れてくれた君たちには申し訳ないが、今レナードが何をやっているか知っているか」 ガラリとハーシミーの雰囲気が変わった一瞬だった。 ここはすかさずに、知識の豊富なスコットが言った。 「インダス連邦は今ロシアと急接近していますね。EC諸国は中立を保つと言ってはいるがレナード寄りだ。そしてレナードはインダス連邦隣国のトルコとウズベキスタンに武器を輸出し始めている。世界のあらゆる国々を貿易道具にしかしていない」 「それがお前たちの祖国、レナードのやることだ。 他国の民族紛争につけ入り、味方のふりをして国益を上げる。 アートサイダーの歌詞もチェックさせてもらったが、まるでレナードを非難しているような内容が気にいった。今国境では、いつ開戦が起きてもおかしくない状況だ。万一、トルコ、ウズベキスタンのどちらかが戦争を仕掛けてきた場合には君たちを捕虜としてレナードに仲裁に入るよう要望する」 オレの身体から血の気が引いた。アドルフの視線が左右にぶれた。ワールドツアーの間に事態はそこまで深刻化していた。スコットの顔にピリピリとした緊迫感が眉間の汗になって流れ落ちた。 大鷹とダルコは顔色一つ変えていない。 「ただしロシア国籍とセネガル国籍の二人には、そのまま国へ帰ってもらうよ。両国とは我がインダス連邦は友好関係にあるのでね。ダルコ氏はロシア軍に引き渡し、私たちと共にレナードと戦ってもらうつもりだ」 その時、それまで黙っていたダルコが初めて口を開いた。 「ご厚意はありがたいですが、私はベーシストとして、いや、アートサイダーのメンバーとして一人だけで国に帰るつもりはありません。レナード人も人間です。また戦場で何人も殺すぐらいなら、私一人が死んだほうがいい」 大鷹がダルコを見た。 ダルコは大鷹を見て頷いた。 オレは今震えている。そんな自分をいやだと思う余裕もないほどに震えている、しかしもう引き返すことはできない。 「俺は……祖国に帰りたい」 アドルフが眉間から汗を流しながら言った。ダルコは「そうした方がいい」という頷き方でアドルフを見た。権力の前では、音楽にも自由はない。 この、目の前の男に。 オレはのど元にナイフを突き付けられた心境で、それでも勝手に押さえ切れぬロック魂の言葉が出た。 「大統領、これだけは言っておきたい。オレたちはレナード政府のためにも、インダス政府のためにも歌っているんじゃない。この世界に生きる全ての人々に歌ってるんだ。あなたも含めて……」 その時、ハーシミーがオレに送った視線に、優しさを感じた。彼の殺気は一瞬のうちに消え、その笑顔にはリラックスしたムードが漂い始めた。 「用件は以上だ。今日はここで食事をとられるがいい」 笑うハーシミー。 「脅して悪かったな」と言いたいような表情がオレには読み取れた。 我ら五人は場所を移動し、丁重に宮殿を案内され昼食をもてなされた。 大統領と話しているときも、その紳士的な態度の裏に、自分たちの置かれた状況が悪夢を幻覚のように見せてしまう。今はただこのライブ期間中に国境での紛争が起きないことだけを祈るばかりだった。 ホテルに着いても解放感はない。 この薄っぺらいホテルの壁を、いつ砲弾が来るとも分からない。 そんな緊張感を楽しんでいるようにも見える大鷹。 アドルフはオレに近い不安げな視線を時折見せる。大鷹とダルコの余裕は、すでに何度も実戦をくぐり抜けてきたからなのか。 この日、オレは一人の部屋に戻るのさえ怖く、大鷹の部屋にいた。レナードでも命を狙われたが、あの時とは状況が違う。 仲間となるロバートやアンソニー、ニューヨーク市警にマスコミという味方がいた。この国には誰一人いない。ソファに座ってもいつでも拳銃が抜けるよう手元に置いたまま、ガラスのきしむ音にまで反応した。 大鷹はソファに寝たまま膝を立てて脚組みし、呑気にガムを噛んでいる。 「大鷹……」 「どうした、キアヌ」 「お前は怖くないのか。今にもインダス兵がこのドアを蹴り破って、銃を突きつけるかもしれない。恐怖心がないと言えば嘘になるだろ。そんな心境で明日歌えるのか」 「わりいな。そんな人間らしい感情は死んじまった。グリーンベレーには何度も命を狙われたからな。正当防衛って理由の元に、俺も殺しを楽しんでいた。刀ひとつで敵と戦う、ゾクゾクするぜ」 「おまえ……本気で言ってるのか」 「本気だ」 「殺しを楽しんでいただと……ふざけるな! 人を殺すってのはそんな軽いもんじゃねえだろう! 殺すって言うのは恨みの根を増やしていく事なんだぞ」 「ダルコがそう言ったのか」 「そうだ。オレもそう思う。お前の表現は間違っている」 「間違ってねえよ」 大鷹がオレをギロリと睨んだ。 「表現は間違ってねえ。俺の神経からはこういう表現しか浮かばねえ」 「殺しは間違った行動だとは……思わないか」 「殺しが間違いじゃねえ。間違っているのは思想だ。そして引き返す事が出来ない者同士がぶつかったときに殺し合いによって雌雄を決する。殺るか殺られるか、俺のもう一つの魂の居場所が、そこには確かにあるんだよ」 大鷹はオレと違う。 オレもケンカをしてマフィアとも戦ったが、殺し合いを楽しむという表現は理解できない。大鷹は魔物の面を持っている。オレはこれ以上、彼に反論しようとは思わなかった。明日をも知れぬ命となった今になってみると、正義とか悪とか言っていられなくなる。彼はそんな中で、あのレノン島襲撃以後の人生を送ってきたんだ。 そして、魔物でもオレにとっては友だ。 彼の剣によって、今のオレが過去に助けられ生きている以上、オレもまた罪人。大鷹はこんなオレの心を見透かしても笑って聞き流すだろう。 こんなオレの思いを知ってか知らずか大鷹はまた話し出す。 「俺があれだけレナード兵を殺したにもかかわらず、なぜこれが表面化しないか分かるか?ヤマト政府にもオーディオキラーメンバー暗殺が承認されてんだよ」 大鷹はガムを灰皿に吹き捨てた。 「大したもんだな」 「なにが」 「いいや、ある意味、男としてあこがれるよ。そういえばヤマトでも命を共にしたな。密林で戦うおまえは勇敢だったよ。おまえは強い……」 オレはソファに座ってギターを抱えた。ぼんやりと天井を見ながら、大鷹が呟いた。 「キアヌ、強いっていうのはそんなもんじゃないぜ。敵兵に囲まれて刀を振り回す男と、ギターを弾いている男、どっちが強い」 「えっ……」 「昔よお、剣の師匠に聞かれたよ。本当の強さの意味をな。今ならもうちっとマシな答えが出せそうだ」 「本当の強さは、魂からくるものなんだよな」 EJのギターを握りしめ、弦を弾いた。この瞬間に自分の命の輝きを感じた。もう明日のライブのことしか考えまい。 * * 夜空を貫く超高層ビル、ウエストアルジャジーラ。全高1.6kmの高さは世界一、富裕層と貧民の格差社会の象徴にも思える。 その中央階に位置するインダス連邦国立文化ホールでのライブは、メンバーの希望通り入場無料で行われ、大観衆が熱い声援を俺たちに浴びせて始った。レーザーライトが客席を切り刻む。暗がりの客席に浮かび上がる、彼ら全ての瞳が何と美しい事だろう。 暗いステージに立ち上がり、ギターのAm7のコードを弾いた瞬間に喚声はさらに大きくなった。 この国の人々も我等がレナードのバンドということを知っているにも拘わらず、これだけの声援を送ってくれている。 勇気の血が全身を熱くした。 音楽に国境はない。アドルフと視線が合った瞬間、ドラムのバスとスネアの連打が炸裂してヴォーカル大鷹が客席天井から鷹のようにステージに舞い降りた。 客席の熱気は爆発した。ダルコは首でリズムをとりながらスラップを弾きまくる。アートサイダーの紋章が大きな旗になって会場になびいている。大鷹が描いたカンムリクマタカの勇姿にアドルフの目が光った。 このライブに合わせて、インダス連邦のファンが作ってくれたんだ。 命懸けで演じよう。撃ち殺されて悔いはない、歌えギター。燃えろ、銃弾を焼き壊すほどのパワーで。 そして大鷹のヴォーカルが会場に響き渡った瞬間、ボルテージは最高潮に達した。 もう俺の心から、銃弾は消えた。 うなる大鷹。 その衣装は黒光りする革パンとブーツ、上着は銀地に黒のカンムリクマタカだ。 刀を抜き銀の光を散りばめながら怒りをさく裂させる大鷹は狂おしいほど艶やかに美しき殺し屋。乱れた髪の狭間からのぞく鋭い眼光は、正に斬り合うサムライだ。 その、細いウエストをくねらせながら発せられる深い声は、絶妙のベルカント唱法で会場に襲いかかる。大鷹のヴォーカルもまた、日ごとに進化していく。そしてこの日はオレが今まで聴いた中で一番の冴えを見せた。 同じようにベースの緩急も、ドラムのたたき方も今までで一番冴えて聴こえる。ステージのバックが火で燃え上がった。 大鷹と背中合わせに、オレのギターはシャウトする、囁く、噎び泣く。 最高だぜ。悔いはない。オレは父との約束を果たしたんだ。 インダス連邦の国民は、今まで訪れたどの国よりも熱い声援をぶつけてくれた。 ライブでの警備は万全で、警備員一人ひとりの視線と態度には友情を感じた。 アートサイダースタッフ3人の携帯電話は鳴りっぱなしで地元テレビ局とも番組などでの、出演交渉が盛んに行われた。 夜のホテルロビーで一度だけキャサリンと電話がつながった。 「キャサリン、キャサリンか」 騒がしいロビーは聞き取りにくい。 「キアヌ、キアヌ!」 戦場の恋人を待つように彼女の声は震えていた。俺もまた、早く彼女に逢いたい思いが胸の奥に爆発した。メンバー達はすぐに気付いたようだ。俺は渡された鍵の番号を確認し、507号室へ駆け込んだ。 「元気そうね、あなたのギターが世界中の人に聴かれて、愛されてるのね」 「ああ、音楽に国境はないよ」 エレベーターを降りると、駆け足で部屋番号を探した。真っ暗闇の部屋に明かりをつけて、バッグと背中に担いだギターを壁に掛けた。 「インダス連邦よね……大丈夫?」 やっぱり、その部分が一番気になっていたんだな……。ウソが下手なオレだが、何とか彼女を安心させなければならない。 「大丈夫さ。入国してすぐに大統領に招待を受けたけどさ、とてもいい人だったよ。ニュースで見るような怖い人物ではなかった。わざわざライブを見に来てくれたよ」 「そう……よかった。ホントに……」 もう、バレてしまったようだ。彼女の声はそんなトーンの低さだった。 「明日午前の便でこの国を出る。まあ大丈夫だと思うけど……万が一、トルコ、ウズベキスタンのどちらかが国境越えて来た場合、オレたちは捕虜になる可能性がある」 彼女が息を吸い込んだのが、受話器を通しても分かった。 「ひとつだけ約束してくれ。どんな情報が流れても、オレからの連絡があるまで、待っていてくれ。オレは絶対に生きて帰るから……」 「……分かった。待ってる」 声と呼吸の乱れが、受話器だと余計に分かる。 気丈な彼女が、こんなにも声をふるわせていることがオレに罪悪感を与えた。二人の時間もあまり取れず、そしてこんなにも心配させちまって。 「すまない……」 この言葉の後に沈黙が続いた。 「ううん、ライブ頑張ってね。約束よ……待つのは慣れてるし、絶対、元気で帰ってきて」 やっと彼女の口調と吐息が少しだけ、笑顔を取りつくろって聞こえた。 「ありがとう、君も、元気で」 オレの方から電話を切った。彼女の泣き崩れる姿が浮かんだ。 必ず、生きて帰るから……。黒い携帯電話を畳み、握り締めた。 聞き慣れぬ大音量と角魔大鷹のシャウトに失神者続出のインダス連邦三大都市での一週間にわたるツアーは終わり、オレたちは連邦国際空港に訪れた。やっと国に帰れる。この飛行機に乗り込めば……。 早く……天国への扉にも見える搭乗口にさしかかったとき 「止まれ、今から大統領ハウスに来てもらう」 褐色の軍服を着た、目つきの鋭い黒髪の青年だった。アートサイダーに熱狂的な声援を送ってくれた彼らもインダス連邦国民ならば、今、目の前に銃を突きつけている彼も、インダス連邦国民だった。 西暦2075年9月15日、第三次世界大戦が勃発した瞬間だった。 |
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