第6章 反抗
Martial eagle
「お前も戦いを挑むのか、この俺に」
「允とお前と、どっちが強いか知りたくてな」
命を張った男同士の戦い。
Fの三倍の体、堅い羽毛と筋肉はダメージを受けにくい。
Fの蹴りを何発も受けながらも耐え抜いていたドラケンが、ついにFに強烈な一撃を食らわす。ジュリはびくっとまるで自分が蹴られたように首を縮めた。しかしFは信じられない打たれ強さで舞い上がって下からドラケンを蹴り上げた。そしてついにFが、あのドラケンの骨をも砕く蹴りを受け、回転しながら樹上に落ちた。そのとき、二羽の決戦を風の噂に聞きつけたコウノトリの爺さんがすっ飛んで来て叫ぶ。
「Fやめろ!ドラケンに勝てるわけがなかろが!」
ジュリがピクリとコウノトリの爺さんを見た。
「允の方が強い、俺がそれを証明してやらあ!」
そしてFは再び舞い上がる。訳の分からぬ、しかし男の熱い友情を感じたのは、コウノトリの爺さんだけではなかった。ジュリにも漠然とだがFの允という鷲への厚い友情が伝わったのだ。ドラケンがあの巨体で急降下してくる。
「死にたいか!F」
ドラケンは今ならまだ間に合うぞと怒鳴った。
「命はとっくに捨てた!」
(お前も死ぬまで戦うタイプの鷹戦士か。お前みたいな奴を俺は何羽も殺してきた。だが、お前みたいな奴が、一番強かった。死ぬがいい、それがお前の道ならば!)
ドラケンが殺しの目に変わった。
急浮上するF、上からたたき落とそうと更に加速したとき、Fは素早く垂直に飛んで交わし、ドラケンが目の前を通り過ぎ、猛スピードで降下していく。Fが追いかけるように急降下を始め完全に上になったとき、
「バカめ、翼も鷲の武器だ!」
上の敵に大きく羽ばたきして羽をかち合わせFを挟むように打ち据えた。Fは空中で気を失ったまま跳び続ける。それを呼び起こしたのは記憶だった。
アトラス!
(アトラスの技だ。しかもアトラスより力がある。強いぜ。とことん強いぜ。さすがは最強のベルクートだ。真の鷲豪だ。嬉しくなってくるぜ!)
「あいつはバカじゃ。あの允がそんげに大切な友達じゃったとか……」
コウノトリの爺さんはまたも涙があふれ出た。
ジュリはその言葉が耳に引っかかった。
Fは水平飛行で真っ正面からドラケンに接近すると頭を蹴ってまた離れた。
(なんでもいい、お前が倒れるまで、蹴り続ける!)
(しぶとい野郎だ、俺に本気で勝つ気か!)
ドラケンもまた、勝ちすぎたことで冷めかけた血が、Fという難敵を前に胸の奥から熱く燃えるのを感じて体は感激にうちふるえていた。
樹上ではジュリが呆然とその戦いに吸い込まれて見つめている。
その横に忍び寄ってきた小さなヘビをコウノトリの爺さんが気付くや突き殺した。
(Fも、大切な友達のために、きっと戦っているんだ)
命を張っているF。命を張って仲間を助けた自分。そこに共通点を見つけた。
(そうなんだ! 命はかけるためにあるんだ、だから私はFにひかれた。エナガらしくなくたっていい。私はジュリなんだ!)
本物の答えにたどり着いたときその目からは涙があふれた。
「私はジュリなんだ!」
ジュリが叫んだとき、
Fの渾身の蹴りがドラケンの背中に炸裂した。ダメージが限界に来たドラケンは気を失ったまま跳び続け、不安定に岩谷に落ちた。
全てが真っ白なまま頭だけを大空に向けたドラケンにFの姿だけが飛び込んだ。
Fは勝ったことを証明するように勝ち鬨の声を張り上げる。
ドラケンは何故かこのとき、余りにも清々しき目をしていた。勝ち続けてきたものにしか分からぬ孤独から解放され、一羽のワシに帰るとき、スタートに戻るとき、いや、負けることによる進歩に踏み出したのだ。
若鷹、おまえの勝ちだ!いい戦いが出来た。俺を食うなら食え、そんな心の声がFに届いた。
俺が求めるのは、血ではなく力だ。お前を殺したら、お前と戦えない。またこの世界の何処かで巡り会えたら、戦おう。それがFの無言の答え。
そしてはるか遠い空から、勝鬨の声を上げる。その声はジュリの耳にもはっきりと届いた。コウノトリのじいさんはボロボロ泣きながらじっとFを見て叫ぶ。
「勝ちおった…あいつ、ドラケンに勝ちおった。変わった奴とばかり思うておったが、なんちゅう奴じゃ。今度こそ、本当の別れじゃのう。なんか儂も、元気が出てきたわい」
Fの舞う大空へ、ジュリは飛んだ。
「F、おめでとう、勝ったのね」
Fは軽く笑った。言いにくいが、どうしても伝えたい思いを、ジュリは勇気を持って言った。
「F、何も言わずに去ってごめん」
「俺は何も気にしてないぜ。どうした」
「Fに言ったよね、本当の友達を見つける旅を初めてみたくなったの。あなたと旅がしたいの。初めて分かった。私はエナガだけど、その前にジュリなの!」
「俺もそうだよ、カンムリクマタカである前に、Fだ」
その言葉が何よりもうれしかった。縄張りを持って縄張りを守りながら着実にその生命を伝承するすべての生き物の法則。二羽は、この法則に逆らって生きていく。それが正しいのか、正しくないのか、そんなことはどうでもいい。それまで寂しかった彼女が、このとき初めて、心から喜びを感じた。
自然淘汰から外れた二人、しかしそこには真の命の輝きがあった。
「行くか、ジュリ」
Fがその目を太陽に弾かせる。
「うん、行く!」
二羽は夕陽のかなたに消えていく。
Fはジュリの小さな姿を目に入れたまま思った。
―鷹を助け、逆らって生きるおまえは、俺の仲間だよ。ついてこれるだけ付いてこい―
「命って、何のためにあるの。守るため?愛するため?」
「命は、捨てるためにあるんだ」
ジュリは、一瞬どういうことかを考えた。
捨てるため、命を捨てるほど大切なものがある。ついさっき目にした、壮絶な戦いを見れば、その答えはすぐにわかる。それが彼の行く戦いの道。自分が仲間を助けるために、戦った愛。命は捨てるためにある、その言葉が心の奥の鐘をなり響かせるように、響きわたった。
「あいつらは命が一番重い。俺たちは、もっと違うものが、大切なのさ」
「分かる。私には分かるよ、F」
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