第1章 白い悪魔
White DEVIL
アフリカ最高峰・キリマンジャロのふもとの密林。
タンザニアの燃える太陽が、地上の隅々までエネルギーを注ぎ込む。
黒い大木の上に張られた巨大なタカの巣の上にも、その光は容赦なく照りつける。
殺し合う。
それが生き残るべき最後の手段となった兄のヒナは、まだ小さく、弱りきった弟をさかんに突きはじめた。
悲鳴を上げ、逃げようとする弟。
樹上の巣から落ちたら死ぬかもしれないが、ここにいても確実に殺されるだろう。しかしそれをも兄は引きずり戻した。
そして渾身の力を込めて弟の傷口を攻めた。母親は三日間も帰っていない。
兄は弟をさかんに突き、傷をさらに攻める。泣き叫びながら助けを呼ぶ弟。だれも来ない。
弟は血だらけになり、ついには激しい出血で息絶えた。
飢えた兄はその肉を食い、命を明日へとつないだ。
(帰ってこない……)
弟を食ったヒナは、黒い瞳をゆっくりと伏せ、またカッと見開くと大空に叫んだ。怒り狂ったようにも、泣き叫んでいるようにも聞こえた。
(帰ってこない……俺はまだ生きたい!)
ろうそくの火は
焼けつく日差しが一転して辺りは暗くなり、やがて雨が降り出した。生き残ったヒナは下を見た。あのはるか下には地獄が待っていると母は教えた。
だから決して降りてはならないと。
しかし、ここにじっとしていても飢えはしのげない。ヒナは巣の縁まで登り詰めた。
(帰ってこない……ここにいても、死ぬだけだ)
ヒナは毛を逆立て、勇気と恐怖を抱いて飛び降りた。
落ちる、黒い闇に吸い込まれていく。
獲物がいるという地獄に必死でもがくヒナ。
そのとき、彼の全身の筋肉は極限の緊張のなかで、最大限に伸縮して羽ばたこうとした。
飛べないヒナは何度も大きな葉っぱのクッションに受け止められながら、五十メートルという体験したこともない宇宙を落下し、初めて地上に舞い降りた。
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