第三章 真昼の誓い
An oath of high noon
「格好つけやがって。あいつが黒い悪魔になってから戦う気か。殺されるぜ」
「あいつに殺されるなら本望だ。見てみたいんだよ、黒い悪魔をな!」
允は急降下をすると断崖を蹴り砕いて舞い上がった。ダンはその力に目を見開いた。
「さすがは、最強のベルクートだ。だが人間が来るぜ。どうする」
「あいつは殺させん!あいつは俺が死守する!そして、最強のあいつと戦う!」
そして夜、ハンター達は火を囲んでカンムリクマタカの捕獲に本腰を入れ始めていた。
「原住民が大事にしてる奴の羽とよ」
「ほう、黒光りするな」
ダニエルはその羽を指でねじって回し、何かを企んだような笑みを浮かべる。允は偶然にもそのグループを遠くに見つける。
(あいつ等、もうこんなところに来ていたのかい)
この地域の原住民は、このカンムリクマタカの羽を大切にする。夜は見えない彼らであるが、明るさだけは分かった。
「もう奴の居場所は近いぜ。早く寝ようぜ」
もう一人のハンターが、夜空に銃を一発撃ち、近くにいる獣たちを銃声で追い払う。やがて彼らは火を消してテントの中に入っていく。
次の日になるとハンター達は嵐のように銃を撃ちまくる。
「見ろお!絶滅したって言われてたあの鳥じゃねえかい、あれだよ、あれ!」
「間違いねえ!かなり値が飛ぶぜ!ひょっとしたら俺達が今絶滅させたんじゃあねえか?」
彼らは大金に目もくらみ大笑いする。
「おいみろっ!水牛だぜ」
「角だけいただくか」
ダニエルが、銃弾を外して牛の肩に当たる。牛は暴れまくってハンター達に突進してくる。
「お前らしくもねえぜ」
素早くもう一人の撃った銃が牛の足に当たり、牛は崩れるように倒れる。
その時允の脳裏に、あの時銃で撃たれた雌のコシジロイヌワシやカンムリバトのぶら下げられた姿、そして水牛の最期が思い浮かぶ。許せないという怒りがフツフツと沸いてきた。
ムラトベック達と狩りをしてきた允だが、彼らとは違う醜い顔つき。そう、ムラトベックも生きていくために狩りをしていた。殺した獲物は必ず食べた。そこに大きな違いがあるのを允は本
能的に察していた。狩りと殺しは違う。必要もないのに命を奪ったりすることを野生動物は決してしない。人間はそのルールに反している。
(許せねえ。許せねえよ、人間共)
しかし、銃の恐ろしさも誰より知っている允だ。允は、あの巨大な木の回りを旋回しながら、Fが帰りつくのを待っていた。
夕陽を浴びながら、大きなジャコウネコをぶら下げたFが允の目に飛び込む。
「俺に何の用だ」
「ハンターが来る。銃を持った奴ばかり、計五人だ。今すぐここを逃げろ」
あの夜の興奮は冷め、銃の威力を知っている允は何としてもFに生きていて欲しかった。
「なぜ逃げねばならない」
「おまえ…」
ムラトベック達と狩りをしたことがある允は、人間の絶対能力を知っている。どうしても覆すことの出来ない武器という絶対能力を持つ人間に逆らっていいのか、ましてや戦いを挑んでいいのか。そんな思いが彼の心中をグルグルとかき回す。Fがバカなのか、それとも、俺がバカなのか、どっちだ!戸惑う允にFはハッキリと答える。
「敵が何であろうが、来るものとは戦う。それが鷹戦士だ」
允はFの戦闘能力以上に、その闘争心にうち砕かれた。自分の心の中に、自分すら気づかなかった、生き残った本物の闘争心を発見した。その時、また遠くで銃声がした。Fの目に一瞬よぎった悲しみを允は見逃さなかった。
「俺の秩序に反する奴は、許さん!」
「…F、分かったよ、ハッハハ」
いきなり允は大声で笑い出す。そして彼はいきなり
「やってやろうじゃあねえか!俺も人間共をこのジャングルから追い払ってやりたくなった。ここは組むか、F。相手は複数だ、俺たちも複数で戦っていいんじゃねえか」
「フッ、いいぜ」
「俺も加えてくれや」
そこへ来たのは、あのダンであった。
「話を聞かせてもらったぜ。人間にこのままジャングルを荒らさせちゃいけねえ」
「いいだろう。これで三羽か」
Fはハンター達の迫り来る西の空を睨んだ。
その次の日、允はまたFに合い、狩りを見せてくれと頼んだ。Fはギロリと允を睨んで、付いてこいというように飛び立つ。允はまずそのスピードに驚いた。
「俺はキルギスの山でオオカミを狩った。お前は何を狩ることが出来る」
しかしこれは、人間に訓練され、そのコツを覚えた允だからこそ出来るのだ。しかしFは何も答えずにヒョウめがけて急降下しはじめた。
ネコ科の動物がいかに強いかを允は知っている。強力で頑丈なアゴ、柔軟な体、どれをとってもイヌ科とは比較にならないほど強い。彼らは上から来る敵にもジャンプして迎え撃つ能力を持つ。
允は青ざめた。
Fは飛び上がって迎え撃つヒョウをハイタカのようなスピンで交わし、ハヤブサのスピードで一気に首に爪を打ち込んだ。
「行けー!」
思わず允は叫んだ。
Fの鍛え抜かれた力と技は急所を確実に掴み、次に上空に羽ばたく。どんな獣でも地上に足をつけ引っ張り合えば凄まじい力を発揮するが上から引っ張られる力には、自分の体重以上の力をかけることが出来ないのだ。ヒョウの前足が時折宙に浮く。Fの飛翔の浮力が、たとえヒョウを持ち上げられずともその動きを不安定にする。
そして、Fの9cmにも及ぶ長い爪は、脊髄を切断した。ヒョウはコトリと倒れ全く動かなくなる。脊髄を切断すればどんな生き物でも首から下が動かなくなる。Fはそれら全てを知っているのだ。
ダンの話を思い出す。親にはぐれたひな鳥が生き抜くという奇跡の過程の中で、自然に身に付いたとしか思えなかった。
カンムリクマタカにもピンからキリまでいるだろう。もちろん全てのカンムリクマタカがこんなに強い筈がない。しかしFには歯が立たないことを允は心に現実として刻み込まれた。体は允の方が大きい。しかし爪と脚はFの方が鋭く大きい。若いときの允なら躍起になってFに戦いを挑んだであろう。しかし今の彼はそんなことはしない。衝撃に続く衝撃、そして允は今、このFという男に出会えた幸運を改めて喜んだ。
ーおまえは…神の申し子だ…ー
その夜、Fと允は同じ木の左右の枝に留まり、熱い思いを語った。
允の世界を旅してきた話はFに興味を抱かせる。允は人生の先輩として、その長い旅の中で得た教訓をすべて彼に伝授した。時には自分より明らかに強い相手と戦い、そして勝ってきた允の戦いの極意に、Fは感銘した。
「お前より大きい鷲はいくらでも見たことがある。北国のオオワシは体重ならお前の倍以上もある。凄いパワーを持っていた。だがお前より強い奴は見たことがない」
「いるぜ、俺より強い鷲がな」
「このアフリカにいるのか」
「いや、半年前の話だ。サバンナで伝説になった青い頭の鷲だ。アマゾンから来たらしい鷲戦士だ。ライオンを殺した。俺はそいつを追って旅に出るつもりだ」
「そうか、お前にも目指すものがあったんだな」
允は、透き通る夜空の星を見つめた。目指すものを、よく星に例える。2人の目指すものは1つの星。だとすればどこかでぶつかるだろう。しかし今、限界を感じ始めていた允は、Fにわが夢を託す思いが芽生え始めていた。
「じゃあ、この戦いが終われば、お前も世界を旅するんだな」
「ああ、青い頭のワシが今どこにいるのか分からないが、そいつと戦いたい。そして、」
Fはここで、允と視線を交わした。
「俺が勝つ」
Fの目は、狂気にも似た闘志と殺気が、見るものの視線を脳裏まで突き破るほどに鋭く光った。允はこんな目を初めて見た。普通のタカではない。この視線を作り上げた彼の過去がいかなるものかを想像した。想像できなかった。
「おまえ、親にはぐれたって聞いたよ。どうやって生きてきたんだ」
Fは、何も答えず、ただ視線を返した。過去のことなどどうでもいいという彼の目に允はそれ以上聞くのをやめ、話を元に戻した。
「青い頭のワシは、オウギワシだ。世界最強の種族だ。お前と旅がしたくなった。人間との戦争が終わったら、広い世界を案内してやろうじゃないか。どうだ、俺と旅に出ないか」
「いいナビゲーターだ、頼むぜ」
「出発はあの木だ。アフリカで見る最後の朝陽が旅立ちの合図だ。アフリカから世界に飛び立つんだ!F」
允は初めて旅した若い時と同じ気持ちになって生き生きと明日に目を光らせた。灰色の枝を天に伸ばす木が、夕陽を浴びて赤く染まっていった。
同志を持つものに巡り会えたとき、それが少なければ少ないほど出合った喜びは大きい。そしてそれを友情という。
(F、お前が当たり前のように人間と戦うと言ったとき、お前の過去に何かがあると思ったよ。お前と旅をしていけばその答えも分かる気がするよ)
そして允はかつて自分が人間と暮らしたことを話そうとはしなかった。
そしてその夜、あのダンは…
「おい、カンムリクマタカだぞ!間違いねえ。それにしても何てでっけえ鳥だ」
「馬鹿野郎、あいつはゴマバラワシだ。あれぐらいの見分けもつかねえのか」
リーダーのダニエルは吐き捨てる。ハンター達は昼のうちに木の上の巣を見つけ夜に捕獲する作戦をとっていた。しかし逆襲に遭い逃げ出す。
「うおーっ!助けてくれーっ!」
ハンターの一人が巨大な鷲に首元に鍵爪を打ち込まれて木から一緒に滑り落ちる。
「まだ生きてるぞ、撃てっ!」
「馬鹿野郎!ジョンを撃ったらどうすんだ!」
男たちはすぐに駆けつけ、銃の柄でダンを叩きまくる。ダンはその男を放すとリーダーのダニエルに向かっていくが銃の柄で頭を殴られる。男達にめった打ちにされ、体中の骨が砕けながらもダンは暴れまくって敵の首に鍵爪を打ち込もうと羽ばたく。安全を見計らってダニエルは銃をダンに撃つ。ついにダンは地面に落ちて動かなくなる。
「ケッ、てこずらせやがって。」
ダニエルは倒れたジョンのほうを見遣る。
「おい、ジョン、しっかりしろっ!」
「ああ、ああ…いてえよお、死ぬよお……、嫌だ、死にたくねえ…」
首の動脈を切られたジョンは、その数時間後息を引き取る。
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