スカイファイターエフ
『鷹戦士F』立ち読み
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第三章 真昼の誓い
An oath of high noon


 
 そして允は再び目を開けたとき、彼の目の前には巨大な青いアヒル大のカンムリバトがいた。頭部にはマッチ針のような飾りバネが何本も生えている。
「うえっ!なんだお前は!」
「あんたかい、流れ者の允ってイヌワシは。あたしはニューギニアからいい男を探して旅をしているマリアンさ。あたし達ってあんまり飛べないんだよ。だから旅をするのも大変だったけど、旅のしがいがあったってもんさ。あんた、カッコいいねえ。その褐色の羽、太いくちばし、男だねえ、あたしゃ惚れたよ。食べてもいいよ〜ん」
気色の悪い鳩が允に向かってくる。
「俺はご免だ!」
 允は食うのも忘れて飛びさって行く。
「フウ、あぶねえところだった」
 何が危なかったのか?久しぶりに飛ぶ允は不安定なフラフラした飛び方で密林をめざして飛んで行く。
 次第に木が多く川は狭くなり、崖は切り立ち、そこに大きく漆のように黒いイヌワシを彼は見る。そのワシは允よりも大きい。
 これはコシジロイヌワシという種族で、常食はハイラックスだが小型のレイヨウも獲る能力がある。
 巣を守るとき、雄雌ペアでの攻撃力はヒョウに匹敵するとハンター達から恐れられるアフリカ三強の一角だ。
(片目になって最初の相手だ、慣れておかねばならない)
 允はその鷲めがけ急降下する。
「俺と勝負だっ!」
「なんだいあんた。よそ者かい」
 彼女はひらりと軽く交わす。鷲鷹類は雄よりも雌のほうが大きく力関係も五分以上である。
「そうよ。鷲戦士だ」
「……ほう、あたしはこの山の女王、レイラ。鷲戦士じゃないけど腕には自信がある。受けて立とうじゃないの」
 鷲戦士でもない相手に允は油断した。負けるわけがない。しかし允が急上昇してくるところをレイラはその見えない左から急接近して強烈な一撃を打ち込む。電気のような衝撃に允は気を失い真っ逆様に落ちて行くところを、彼女はその片脚を掴んで持っていく。
 允は意識朦朧となったままボヤリと向こうの崖を見る。その崖の上にある大きな巣には、飢えた目で狂ったように叫ぶ二羽の大きな雛が口を開けて鳴きながら母親の帰りを待っていた。更に雄ワシも来た。
(ま、まさか…、冗談じゃねえ。カンムリクマタカと戦う前にこんなところで食われたらいい笑われ者だ!)
允は死に物狂いで羽ばたく。
「まだ生きてたのかい、往生際の悪い男だ」
 その様を偶然にも下で見かけたダンが、死ぬほど笑う。
「あいつ、何やってんだ。女なんかに捕られやがって。早いとこ食われちまえ」
 允が羽ばたき出して彼女もバランスを崩しかけ、二羽は離れる。と、その時である。静かなジャングルに銃声がとどろく。そして、その雌鷲は地上へと真っ逆様に落ちていく。允は銃声に恐怖して密林の中へと消える。ドサリと落ちた彼女の元へ、数人のハンティングスタイルのグループが近づいてくる。
「見ろ。いい鷲だぜ。こいつを剥製にすれば相当値が飛ぶぜ」
 サングラスをかけた一人の男が彼女の羽を掴んで、もう一人はメジャーを出してその体を計り出す。
「ええっと、全長が90cm、おい、秤に乗せろ」
「5.8kg、大物だぜおい、いい剥製になるぞ」
「カンムリクマタカはまだ奥のほうか」
「ああ、ここら辺には居ねえだろう。あいつはなんせ三強って折り紙がついてるからな。こんな鷲よりよっぽど値がするぜ」
 ハンター達は笑いながら、密林の奥へと消えて行く。木の影からその様子を見ていた允は、遙か昔のムラトベックを思い出す。人間というのがどういうものか、そして人間と狩りをしてきた遙か昔の自分。しかし五年という月日は、彼に抱く人間像を変えてしまった。人間は動物を意味もなく殺す悪魔であり、ムラトベックは奇跡に近い尊い人間だと。
「あいつ等…、許せねえ」
最後方の男の背中には、あのときのカンムリバトのマリアンがぶら下げられていた。
「しばらくはここでじっとしてな。あいつ等あと一週間もすりゃあここを出るだろう」
 ダンが彼の背中に言う。
 その夜、二羽は大木の右と左に止まって一夜を共にする。
「力の限界を感じてるよ。悔しいがな」
 北半球で戦ってきたさまざまな鷲の姿が彼の脳裏をよぎる。絶えず勝ち続けてきた自分が、アフリカでこうも苦戦を強いられるとは。北半球最強と言われた。しかしアフリカという壁にぶち当たった。今こうして話しているダンも、自分より力が上でなかろうかと、その爪の大きさや羽ばたきの風圧から允は感じていた。
 彼の心の中で1つの葛藤が始まる。
(俺が求めているものは何だ。勝つことだけなら弱いやつを相手にすればいい。俺が勝てたのは相手が弱かったからか。俺は自分の力を誇示したくて戦ってきたのか。そうじゃねえ、そうじゃねえよ。力の追及をしたかったんだ。だったらラッキーじゃないか。より強い奴と戦って、初めて進歩する。強くなろうとしなきゃ強くなれない。戦おうじゃないか。大切なのはどんな敵でも戦い抜くという根性だ!)
 允は、ハっと初心に返った事に気付く。初めて、キルギスを旅立ったばかりの頃、こんな気持ちではなかったかと。
「ダン、Fって奴をもっと教えてくれねえかい。俺はやっぱり明日飛び立つぜ。あんなハンター等に捕られる前に俺の手でFを倒してえ。ハンター達には捕らせねえ」
「お前も変わり者だぜ。そんなにFと戦いてえのか。あいつはただ者じゃあねえ。得体の知れねえ鷹だ。この森の更に奥深くに居るぜ。もう5000年も生きてるって言われる巨木が奴の住みかだ。ず抜けて高い木だからすぐに分かるぜ」
「得体の知れない奴かい」
「カンムリクマタカの脚はでかくて強い。そして、あいつらは握力が全然違うんだよ。俺たちは普通獲物を襲うとき息の根を止めるために急所に爪を突き刺し握力をかける。そして獲物を殺してから食べる。だがなあ、あいつが襲った獲物は手や足や首がバラバラに切断されてしまう」
 允はその話に背筋が凍り首の毛が逆立っていた。自分はとんでもないものを相手にしようとしている。しかし、意を決した今の彼には、そのどんな情報も逆に彼を燃えさせる。
「本当に命がけの喧嘩ってやつが、そいつとはできそうだな。ありがとうよ、ダン」
 次の日も、ジャングルに銃声はとどろく。珍しい鳥や立派な角、毛皮を持つ動物達がハンター達の餌食となっていく。
「見ろ。ワニだ、ナイルワニだぜ。こいつはいい代物だ。頭を撃て、背中には傷を付けるなよ、ダニエル」
「おう、任しておけや。おいで、貴婦人のハンドバッグさん」
黒いサングラスが不気味に光り、至近距離まで足音を忍ばせて近づくと、百発百中の腕を持つダニエルの銃がワニめがけ火を吹く。ナイルワニは水飛沫を上げて暴れ、すぐに動かなくなる。
「さすがはダニエルだぜ」
「ハッ、傷の入ったワニ皮は、ご婦人のバッグにならねえ」
 そう言って密猟者達は笑い声をジャングルに響かす。


 一方の允は、そんな密猟者達の先を越してジャングルの奥深くへと、木々の上を跳びながらダンの言った高い木を捜す。どこまで行ってもジャングルは続く。その允を横から追い越していく巨大な影が、彼の目を奪う。
(なっ、何だ!)
 それは今までに彼が見たこともないような巨大なカンムリクマタカであった。見ると、違う方向からも、今度は流れ者風のコシジロイヌワシが同じ方向へ飛んで行く。
(なんだこりゃあ。一体どうなってんだい)
 允は不信に思うが、また辺りを見回しながらゆっくりと飛んで行く。そこへ、あのダンがやってくる。
「きな、允。いいものを見せてやらあ。あまり木の上はとばねえことだな。密猟者がどこまで来てるかわからねえ」
 ダンは急降下して密林に入ると允を誘導する。
「あの二羽の鷲がどこへ行くか分かるか。へっ、おもしれえ所よ」
ダンはニヤリと笑うとスピードを上げる。やがて二人は行き止まりの岩のような壁にぶち当たる。
「この木を上がっていけば分かるさ」
「これが木だと……まさか!」
 允はダンを追い越して急浮上する。允の目に太陽を遮る数羽の影が見える。
「あれは…!」

 允は次の瞬間、その鷲達の格闘に愕然とする。太陽を弾く一羽のタカ。なによりも驚いたのは、彼の体がまだ白い。黒褐色がカンムリクマタカの毛色というのを聞いていたその毛色がまだ白い。つまり、まだ飛び立って間もない年齢を意味するのだ。
「どういうことだ、一体どうなってるんだ!」
 允は錯乱した。
「あのバカヤロウ、同じ時刻に三羽のワシと決闘を約束しやがった」
「何だとお!相手は鷲戦士か?」
 ダンは頷く。眩しそうにその戦いを睨みながら。
「は、速い!なんて速さだ」
「あいつは偏屈が多い鷹戦士の中でも一段と型破りでな。一対一が常識の中で複数相手に戦うのを好む。相手も鷲戦士だ。プライドがある。あんなまだ白い鷹に舐められちゃあな。相手も本気で殺しに来る。そして返り討ちだ。正に白い悪魔だぜ」
 允は衝撃に次ぐ衝撃であった。
「兄貴の仇だ!正々堂々なんざどうでもいい!こんなケンカを最初から望んだのはお前なんだからな!ぶっ殺す!」
 ビッグサバンナが怒鳴る。怒り狂っている三羽の中でも、兄を殺されたビッグサバンナの気迫は凄まじい。二羽の殺し屋がコシジロイヌワシのジューク、ソウゲンワシのラリーだ。
「若い鷹の肉が食えるぜ!全部俺のものだ!」
 ジュークがニヤリと笑った。
 ラリーも同じ事を思って不気味に目を光らせる。
 黒いジュークと金色のラリー、この二羽もアウトサイダー。
 鷲戦士の中でも殺しを趣味とし、殺した相手を食う。その肉が自分をさらに強くすると、信じ込んでいる。
 しかしFにとってはそんなことはどうでもいい。我が強さを追求することのみに生きるのが鷲戦士。そして若さ故にその気質は激しい。
 Fは急上昇すると再び急降下に転じ、迎え撃つジュークを蹴る。そのスピードについて行けない。追いかけるところを今度は急浮上して、鋭い一撃を敵にまた食らわす。ジュークとラリーはその蹴りをモロに受けて密林へ落ちていった。
「兄貴とどっちが強いか確かめてやろう」
 Fの目がビッグサバンナに絞られた。ビッグサバンナは一騎打ちを望んで突っ込んでくる。
 Fは何度も羽ばたき加速して迎え撃つ。激突、バシィッと羽音を響かせ、突き出し会った爪と爪が火花を散らした。
 はじき飛ばされたビッグサバンナが密林に落ち葉のように落ちていく。 全ての力を出し尽くし、木から命を絶たれた落ち葉のように。


 允は上を見上げながら、恐怖を通り越えた驚異と感激に打ち震えていた。自分など、とても勝てないことが、そして自分より強い鷲をこれだけ抵抗もなく認めることが、このときの允には出来た。允は戦い終えたFのほうへと飛んで行く。
「お前がFか。いい腕をしてるぜ」
「俺と戦いに来たのか」
 Fは鋭い眼光で允を睨む。太陽のようにエネルギッシュな眼光と、やせた細いからだに強大な長い足、まさに生きた戦闘機のような野生味あふれる美しい姿の若鷹に、允は何もかもをうち砕かれただ感動していた。
「いい腕だ。だがまだ、荒削りだな。俺には勝てないぜ」
「やるか」
「断る、お前はまだまだ強くなる。その時だ」
「今で十分だ」
「フッ、それより人間が来ている。銃を持っている。撃たれるなよ」
 允は飛び去った。その允の温かい目が、攻撃的なFの目を吸い込むように穏やかにした。
 Fを見たとき、ただ彼は自分が戦うという目的よりも、あんなに強い鷹がいたという感動に打ちひしがれていた。得体の知れない感動、これこそ自分が長い旅で求めてきたものではなかったのか。


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