『うさぎになった男』公式サイト
◆◇◆立ち読み3◆◇◆
『うさぎになった男』


第三章「生きる道」

「失意の底に歌があり」の巻

 跳男は今までいろんな女の子と遊んできた。きれいな子やかわいい子に会うたびにときめいた。いろんな子とデートして、気が合えばお互いが合意の下にエッチもした。
 しかしそれは人間だったからできること。これからウサギとして生きていく自分には、そんな楽しい日々はもう訪れない。頭では分かっていてもどうしようもなく悲しい。女風呂を覗いた罰にしては、あまりにも大きな精神的ショックであった。人生で最も楽しいといわれる恋愛を、一生捨てて生きていかなければならないのだ。
(つまんないよ、どうしようもなく空しいよ。こんなの…)
 跳男は家につくと、ふらふらと弟の部屋に入る。猫太はいない。ふとつけっぱなしになっているパソコンを見る。画面には楽譜が映っていた。
(そういえばあいつ、どんな音楽作っているんだろうな。誰も聞いたことがないって言ってたけど)
 それまで弟がやっていることなんて、全く興味がなかった跳男だが、無性にそのメロディーを聴きたくなった。
 マウスの前まで跳ねていくと、画面にある再生ボタンにカーソルを合わせ前足でクリックする。そして、ヘッドホンの前に長い耳を傾けた。静かに流れてくるメロディー。その美しさに跳男は、心を奪われてしまう。今まで聴いたこともないような独特のハーモニー。演奏が終わった瞬間跳男の目に涙がこみ上げていた。
(あいつ、こんな曲を作っていたのか)
 ちょうどその時ドアが開き、車椅子の入ってくる音がする。
「兄貴、ひどいよ。黙って聴いたのかい」
 猫太はパソコンの前まで車椅子を進めると、すぐに電源を消す。
「猫太、お前すごい曲を作っているんだな。黙って聴いたのは謝る。だけどお前、これすごくいい曲だよ」
 猫太はムスッとしていたが跳男があまりにも感動している様子なので、まんざらでもなさそうに頭をかきながら、
「今度から聴きたいときは僕に断ってよ」その口元は尖っているが目は笑っている。
「おう、分かった分かった。それよりよお、これどっかで発表しろ。絶対いいって!」
「そんな、やめてくれよ」
「そうだ、お前は今から作曲家になる勉強をしろ」
「急に何言い出すんだ」
 跳男は弟の膝に飛び乗り、「兄貴として言いたいことがある」
 猫太は、大真面目な顔のウサギを見てふきだす。
「なに笑ってんだ」
「べ、別に」
「まじめに聞け。お前はいつも家にこもりっきりで、社会から逃げている。お前この曲を歌って発表しろ」
「ちょっと待ってくれ。俺は歌は下手くそなんだよ、知ってるだろ。そうだ、兄貴が歌ってくれるなら、発表してもいい」
「な、俺に人前に出て歌えって言うのか。みんな笑うに決まってるだろ」
「歌は、心で歌うもんだろ。それに兄貴、昔からめちゃくちゃに歌うまかったじゃないか」
 跳男はしばらく考えて、
「よっしゃ、やってやるよ!」


「バンドメンバーを探せ」の巻

 一方、高校では跳男のことをマスコミに知らせて笑いものにしようと悪だくみをしている笹木がいた。
「あんたねえ、バカじゃないの。人間がどうすればウサギになるのよ」
「本当ですよ、聞いてください。うちの高校
に来ていただければ分かりますから」
「はいはい、そんじゃあまた」
 ほとんどまともに取り合ってもらえなかったが、一人の記者がその話に興味を抱いた。
「君、それホント?」
「はい、期待は裏切りません!」
「私はTBFテレビ局のディレクターで亀羅(ルビ:かめら)というものだ。携帯の番号を教えておくよ。君のも教えてくれ」
「はい!」笹木はほくそえんだ。
「あいつを日本中の笑いものにして、二度と立ち直れなくしてやる。人間だった頃はさんざんいばりくさって。いい気味だ!」

「猫ちゃん、なんてこと言うの!お兄さんにライブで歌えだなんて。お兄さんをみんなの前で笑いものにする気なの。ふざけないでちょうだい!」
 パシッ!
 猫太は初めて鶏子にぶたれた。鶏子は涙を流しながら奥の間へと走っていく。
「猫太、気にするな、おまえは間違っていない。母さんはビックリしただけさ。ただ俺のことをかわいそうだと思ったんだよ」
「ううん、僕こそごめん。兄貴のことを考えてなかった。やっぱりライブは・・・・あっ、そうだ、兄貴の次に歌うまい人がいたじゃん。宇多田影夫とか言ってたっけ」
「いいや、俺が歌うよ。あいつが俺よりうまいなら話は別だが、俺の方がうまい!」
「兄貴・・・・」猫太は跳男の意気込みを感じた。
「懸けてるんだよ、今度のライブに。俺の人生もここで決まるような気がするんだ。ウサギになった男の最後の意地だ」
 
 その日から跳男と猫太は、ライブへ向けて猛特訓を始めた。一方で跳男はある提案をする。
「猫太、バンドにしよう」
「えっ・・・・」
「やっぱライブはコンピューターだけじゃさびしい」
「でも兄貴、誰かメンバーになる人いるの?僕は無理だよ」
「集めるさ。本当の友達を見つけるいい機会だ。今の俺に力を貸してくれるヤツこそ、真の友達さ」

 そんなある日、久しぶりにアメリカから帰ってきた犬男が鶏子の肩を抱いて言った。
「母さん、事情は跳男と猫太から聞いたよ。あいつらが力を合わせて何かをやるというのは初めてじゃないか。私達も精いっぱい応援してやろうじゃないか」
「あなた・・・・」
「私は今まで跳男を、我が会社の跡取りとしてしか見ていなかった。猫太は猫太で甘えてどうしようもないヤツだと思っていた。しかしなあ、どんな険しいところにも道ができるように、あいつらにも今、新しい道ができ始めているんだよ。黙って見守ってやろうじゃないか」
「まあ、あなたすっかり物分かりがよくなって。世間の目は、気になりませんの?」
「世間なんぞはどうでもいいんじゃ。跳男はうちの子だといばって言えばよい!」
 鶏子は涙を浮かべて頷く。
「ただし、わしは一切手助けはせんぞ。あいつらの力だけでライブを成功させることに意義があるんじゃ」
 犬男も鶏子も跳男と猫太の意志に負けて、このライブを決行することを許す。

 翌日のKO高校。
「やっぱ、手近なところはここからだよな」
 跳男は人間時代に友達だと思っていた連中にことごとくアタックする。
「いやあ悪いけどさ、俺ビジュアル系なんだよね」
「杉田、前は俺にボーカルやってくれって言ってたじゃないか」
「ウサギとバンドやれっていうのかよ、ふざけるなっ!」と杉田は言ってしばらくして表情を変え、
「すまねえな。だがこれが俺の本音だ」半分怒って、半分申しわけなさそうに言う。
「いいよ、お前の言いたいことは分かった」「怒ったのか?」
 跳ねていく跳男の、白くて丸い背中がこう答える。
「いいや、俺がお前だったら同じ事を言うと思うよ。気にするな」
 そして跳男はまた校内を駆け回る。

 ウサギのバンドメンバー探し、誰も振り向かない。相手にしない。跳男が一人しょんぼり歩いていると、
「おい、バンドメンバーを探してるんだって?なんで俺に声をかけてくれないんだよ」
 それはあの宇多田影夫だった。
「おまえ・・・・」
「あのバレンタインデーのカラオケを忘れたとは言わせないぜ」
 跳男はショックだった。跳男はあのとき、得意になって影夫から主役の座を奪った。しかし影夫は跳男の実力を心から認め、そして今協力をしようとさえしているのだ。
「俺、ギターならこのKO高校一番だぜ。お前のボーカルで弾いてみたい」
「本当に・・・・」
 跳男はひとつ、今まで見えなかったものが見えた。宇多田影夫の音楽に対する熱い情熱の前では、彼がウサギであることなどどうでもいいのだ。
「俺はただいい音楽をやりたい、それだけだ。あともう一人、俺の仲間を紹介するよ」
 それは、跳男がサッカーボールにされて蹴られまくったあの時、鈴木のキックから跳男を守った海藤源治だった。
「海藤、お前サッカーは?」
「やめたやめた。鈴木とケンカしたよ」
「えーっ、何でまたそれぐらいで」
 宇多田がそこでニヤニヤ笑いながら「鈴木に彼女を取られたんだよ。しかも二人はホテルまで行っちゃった」
「うるせえっ!ちきしょう、ついに童貞卒業と思っていたのにっ!」
「こいつスポーツ馬鹿っていうかよ、女と手をつなぐだけで汗だくになるんだよ。女にもてたいならバンドが一番だって言って口説いてよ」
「黙れ影夫。それよりこいつ、本当に歌うまいのか」
「カラオケに行って証明しましょう」跳男はニヤっと笑みを浮かべる。 
 あとは跳男のオンステージ。その歌唱力は以前にも増しててグレードアップしていた。海藤はしびれて動けなくなる。
「す、すごい。お前がこんなに歌がうまいなんて知らなかった」
「さてと、問題は海藤、お前なんだよ。お前、なんか楽器弾けるか?」
「わからねえ」
 カラオケハウスを出ると、街にはネオンがきらめいていた。
 跳男は影夫のバッグに入っていた。通行人に自分のしゃべる姿を見られて、いちいち事情説明するのも面倒だからだ。バッグのファスナーを数センチ開け、そこから外の様子をうかがう。
「お、俺さ、指不器用なんだよ。ベース弾くのは難しいし、ピアノなんか指がバグっちまう」
「困ったもんだな」
 路地裏を歩く二人の前に、不気味なヤンキー八人組が現れる。
「おい、金出せ」一人が影夫に急接近!
「やべえ、ここは縞馬縦男(ルビ:しまうまたてお)の縄張りだった」宇多田が呟く。
 そこに立ちはだかったは、海藤だ。
「おうおう、おっ金ーっ!なーんちゃってよお、今のジョーク分かったか?」
 海藤の言葉に首をひねるヤンキー達。
「お前、俺達を馬鹿にしとるんか!」
「海藤、金出して逃げようぜ」影夫は恐怖に足がガクガク震えていた。
「今のジョーク分かったかって聞いてんだよ?」
 海藤はたった一人で八人の前に出て見得を切った。
「おめえ馬鹿かよお」
 跳男は影夫のバッグの中で事態を察する。(何てこった。俺が人間だったらこんな奴らぶっ飛ばしてやるのに!)
「今のジョーク分かったかーっ!」次の瞬間、海藤のダイナマイトパンチがヤンキーの顔面に炸裂する。その男は吹っ飛んでゴミ箱に頭を突っ込む。
「やっちまえっ!」
 海藤は殴りかかるヤンキー達に軽快なリズム感でパンチとキックを浴びせる。
「キックキックパンチパンチ、行けーっ!」思わず影夫は叫ぶ。
「お前を殴ったろかっ!」ヤンキーの一人が影夫に向かってくる。
「ウエーッ!何だこのやろう!」あわてた影夫はバッグを振り回してヤンキーを殴る。
「グゲッ!」その拍子に跳男がバッグから飛び出る。
 海藤のパンチには一撃で相手を伸してしまう破壊力があった。背後からかかってくる奴には蹴りが飛ぶ。横から組み着いてくるヤツは投げ飛ばす。ケンカをしているときの海藤は目が生き生きと輝いていた。
 次々と相手を片付けていく海藤に勝ち目なしと見たヤンキーがバタフライナイフを抜いたその時、
「お前らいい加減にしねえか!」
 跳男が怒声をあげる。
「…!?」
 雷を落としたように声量のある跳男の声が聞こえないわけがない。ボロボロになったヤンキー達が顔を見合わす。
「いい加減にしとけよ、てめえら」跳男は血走った目でギロリ。
「う・う・ウサギがしゃべった…ヒェーッ!助けてくれーっ!頭がやられちまったーっ!」
 敵は退散。影夫は目を輝かせて海藤に駆け寄る。
「すばらしい!あのキックとパンチ。お前はドラムのセンスがある!」
「…あっそ。じゃあ俺ドラム叩くよ」
「おーうっ、お前は天才ドラマーになれる!」
 影夫はバレリーナのように一回転して海藤を指さし、
「早速明日から練習だっ!」
「その前に、俺の家に来てくれ!」跳男は真剣な眼差しで二人を見る。

 一方、ここは宇佐邸。
「猫ちゃん、もう寝なさい」
「イヤだ。兄貴がもうすぐ帰ってくるから待ってろって」
「いいから寝なさい!朝から晩までパソコンやってちゃ、身体に悪いでしょっ!」
「イヤだってば、あっち行ってよ」猫太はパソコンのキーボードを打つ手をいっこうに止めない。
「もーう、お母さん怒ったわよ。最近反抗ばっかりして!」
 お手伝いの虎美がこっそり二人を見ていた。
「こうなったら」鶏子は車椅子を強引にパソコンから引き離そうとする。
「イヤだ、虎美さん助けて!頼む」
「もう遅いしさ、お母さんの言うこと聞いたら」虎美は半分申しわけなさそうに言う。
 その時、
「猫太、バンドメンバーが見つかったぞ!」
玄関から跳男の声が聞こえ、鶏子は手を止める。
「えっ、本当!?やったーっ!」猫太の黄色い声がはじけ飛んだ。
「あなたたち…!」
「母さん、俺の仲間だよ。一緒にバンドやるんだ!本当の親友だよ!」
 鶏子は呆然と二人を見る。
「初めまして、宇多田影夫といいます」影夫は丁寧にお辞儀する。
「うっす。海藤っす」海藤は片手で頭をかきながら、恥ずかしそうに何度も頭を下げる。
「まあ、あなた達。うちの子のためにありがとう。本当にありがとうね」
 鶏子は二人を歓迎する。海藤は鶏子ほどの美人を目にしたことがなく、しばらくポーッと彼女に見とれていた。
「兄貴すごいや、二人も連れてくるなんて!」
「今日は遅いし、とにかく猫太の書いた曲を聴いていってくれ」
「よかったわね、猫太くん。むりやり寝かせられないで」
 今度は虎美のキュートな笑顔に、またまた海藤はポーッと見とれていた。
「僕の部屋に来てよ、曲を聴いてほしいんだ」
 海藤はハッと我に返り、猫太の純粋な目に照れ笑いをする。
「お前本当に純情だな、ここまでくるとうらやましいよ」影夫が首をひねる。
「奥様、聞きました?猫太くんが僕の曲を聴いてだなんて」
「そうね。私ももう猫太から子離れしないといけないのかもね」
 さびしさ半分うれしさ半分の鶏子の横顔を、虎美はじっと見つめていた。

「こっちだよ。このパソコンで、いつも曲を作ってるんだ」
 猫太は緊張した眼差しで二人を見つめ、フーッと深呼吸をする。
 跳男は、大丈夫だと言うように頷く。猫太はパソコンから曲を再生する。影夫と海藤はデスクトップミュージックを初めて耳にする。
 曲が静かに流れ出す。始まるや否や、影夫は猫太の類まれな才能を感じ取る。音楽に関する知識が深い影夫は、曲の完成度の高さにまず驚いた。そしてサビの部分では泣かせる旋律が三人の耳を襲う。五分間の音の芸術に、三人はジーンと酔いしれていた。
「こここっ、これを君が作ったのか!?」「う、うん。どうだった?」
「す、すごい!」影夫は猫太に抱きつく。
「君は天才だ!化け物だ!漬け物だ!」
「ちょっと…痛いよ」
「おう、ごめんごめん。ついつい興奮してしまった。しかしこんなに感動したのは初めてだ。一体どんな勉強をしたんだい」
「勉強ってほどでもないけど、ただインターネットでクラシックとかいろんな曲を聴いてさ、後は自分でその何て言うか…」
「君はすばらしい作曲家になれるよ」
 跳男は笑顔で猫太を見つめる。
「あ、あのよ、すげえ感動したよ。お前はすげえヤツだよ」
 海藤は不器用だがあったかみのある笑顔で力強く頷いてみせる。猫太は今までこれほど人から褒められたことはなかった。家の中しか知らないがゆえに、こうして友達を連れてくる跳男がとても頼もしく見えた。そして海藤と影夫は猫太にとってもかけがえのない親友になった。








Comming Soon !
 あの感動のラストから、新たな青春ストーリーが始まる!!
 跳男は人間に戻れるのか!
 猫太と撫子の恋の行方は?
 そして、ブームが去ったあとのジャンプスの運命は?
キャラクター紹介
  宇佐跳男
  白鳥優子
  宇佐猫太
  大和撫子