『うさぎになった男』公式サイト
◆◇◆立ち読み2◆◇◆
『うさぎになった男』



第二章「人間の心」


「恐怖のドライブ」の巻

 一方日本では、猫太がパソコンを打ちながら、いつものように作曲をしていた。
 お手伝いの虎美がコーヒーを持ってくる。
「お坊ちゃん、せいが出ますね」
 猫太は慌てて音楽のプログラムを隠してゲームを始める。
「朝からずーっとゲームばかりね。たまにはお外に出ませんか。今日はいい天気よ」
「ゲームの方がおもしろいもん。外に出たってつまんない」
「あらま、連れて行ってあげようと思ったのに。お兄さんとは正反対ね。ねえ、ところでお兄さん、今彼女いるか聞いてくれた?」
 猫太は急に黙る。
「あ、そのさ。まだ聞いてないんだ。ごめん忘れてた」
「もーう、最近見ないけど、どうしてるの?だって変よねえ。猫太くんをおいて三人で中国に行っちゃうなんて。どうして」
「あ、あのさ、僕、体弱いからさ、だって、中国はインフルエンザ発祥の地だろう。知ってた?」
「えーっ、そう、知らなかったわ」
「それにさ、僕いつも迷惑かけてるから、たまには三人で旅行に行くのもいいかなって」「優しいのね、猫太くん」
 兄はウサギになったなどと言えるはずもなく、うつむく猫太を虎美は勘違いし、
「本当は寂しいのね、そうよね」
(こっちはそれどころじゃないのに。兄貴が今大変なんだから)
「そうだわ、私がドライブに連れて行ってあげる!山に行きましょう!今の季節はアジサイがきれいよ!」
 猫太はゾッとした。というのもこの虎美、運転が超へたくそ、超乱暴、追突事故三回、そのくせ人を乗せドライブに連れて行きたがる変に前向きなドライバーであった。
「あ、あの。ボク遠慮しておきます」
「どうしてよ、猫太くん。少しは外に出て日に当たらないとだめ!なに、この女の子みたいに白い肌は!」
「日に当たるなら車じゃなくても・・・・」
「聞こえないわよ、小さい声でブツブツ言っても!」
 虎美の目はギラギラと異様に輝いていた。(ふふっ、いいことをするってこんなにすがすがしくて気持ちいいものかしら)
 虎美はひょいと猫太を抱き上げると車のドアを足で開けて助手席に座らせる。
「そういえば今日は仏滅だった。あー、ボクの命日になるのかも」
「猫太くん、なにそんなうれしそうな顔してるの?ドライブはこれからよ!イェーイ!」
 熱血少女虎美はアクセルを力一杯踏む。
「ちょっと、ゆっくり行こうよ」
「えっ?」虎美が振り向く。
「うわーっ!ちょっとぶつかる!」
「大丈夫よ」
 虎美は直角に急カーブ、猫太は窓ガラスにおでこをぶつけ気絶する。
「イケイケーッ!レッツゴーッ!」

「どう、楽しかった?」
 猫太が気がついたときは家の前だった。
「えっ・・・・、あ、うん。楽しかった」


「監禁は堪忍してくれ!」の巻

 一週間の中国旅行から三人が帰ってくる。
「母さん、兄貴はどうだった?治った、それとも・・・・」
 答えは犬男と鶏子の顔を見れば一目瞭然であった。
「いいか、猫太、こいつはもうお兄さんじゃない。ここにいるのは一匹のウサギだ。このことは誰にも言うな。跳男、おまえは今からこの家から、いいや自分の部屋から出るな。一歩もだ」
「と、父さん。そんなの」
「いいか鶏子、猫太、跳男はイギリスの高校に留学したことにする。ここ数年は帰ってこないとな。こんなウサギを世間の人に見せられるものか!私たちまで変な目で見られてしまう」
「あなた、それじゃ跳男さんがかわいそうじゃない。いくらなんでも」
「可哀想だと!どっちがかわいそうだ。見たか、今まで跳男を見てきた医師や気孔師たちがどんな目をしていたか!みんな奇妙な生き物を見るような目で、おかわいそうになどと言いながら、腹の中ではゲラゲラ笑っている。そして最後に行き着く言葉はこれだ。『私は人間の治療はできますがウサギの治療はできません。分かりません』こんなことを繰り返して心の傷だけが深くなっていく。私たちも、跳男もだ!」
 犬男の目はかすかに潤んでいた。鶏子も猫太も黙り込んでしまう。
「一匹のウサギとして、ウサギらしくひっそりと暮らせばいいんだ。こんな姿になった跳男を、これ以上笑いものにすることもない。私たちも笑いものにされたくはない」
 跳男は頭の中が混乱して、ただ父の言うことに従った。自分の意志と答えというものが、そのときはまだ見つからなかった。それまでの自分が自由奔放に生きてきただけに、この現実から逃げ出したいという思いばかりが頭を巡った。
 そして部屋に閉じこもりきりの生活が始まる。毛が生えた真っ白な手、長い耳はやたらといろんな物音を聞き取る。あの二枚目で通った顔はウサギの顔に。毎朝髪をといていた鏡台、読み捨てたエロ本、全てのものが大きく、巨人の国に来たように思わせる。
 跳男は覚めることのない悪夢にただ泣いた。人間だった日々のことを呆然と思い出す。思い出の中でだけ、跳男は笑った。そしてまた現実に戻ったとき、悔しさが一層こみ上げてきて気がつけばまた涙が頬を伝っていた。
 鶏子はそんな跳男を見るのがつらく、声もかけられず、毎日二回餌を置いて去っていく。 跳男もまたウサギの姿でしゃべることが怖くなっていた。
 遠くでその光景を虎美が見つめ、「奥様、跳男君はまさか」
「あなたにだけは事情を話すわ。だけどこのことは誰にも言わないで」
 跳男はその言葉を耳にして、また心の傷がえぐられる。(虎美に知られてしまった)
 そんなある日、
「跳男さん、今日からご飯だけは、三人で食べましょう。猫ちゃんがあなたと一緒に食べたいって」
「猫太が…」
「だけどお食事だけよ。みんなには内緒にしているんだから」
 鶏子はそう言ってまたドアを閉める。
 翌朝、久しぶりに家族三人、いや二人と一匹の食事が始まった。しかし会話はひとつもない。誰も何もしゃべらない。
 猫太は兄に微笑みかけ、視線でエールを送っていた。この短い30分の食事時間、それが今の跳男にとっては唯一の生きる希望だった。しかし病弱な猫太には、動物から変な病気でも移ったら大変だと食事の時以外は兄に会うことも許されなかった。
 こんな生活が一ヶ月も続いた。跳男は部屋で泣きじゃくる。
「俺が何をしたってんだ、父さんも母さんもなんで…俺を跳男って、呼んでくれないんだ。父さんのために勉強してきたのに」
 その時、一匹のゴキブリが跳男の方に向かって歩いてきた。
「ん、ギャーッ!化けもんだ、怪獣だっ!助けてくれウルトラマンタロウーっ!」
 自分の顔ほどもあるゴキブリに跳男は恐れおののく。人間から見れば普通のゴキブリでもウサギになった跳男にしてみればモンスターだ。しかしゴキブリもそんな跳男に食われてたまるかと逃げ回る。
「ギャーッ!ゴキブリ怖い!ゴキブリ怖い!ゴキブリ怖い!」
 そこへ猫太が、鶏子や召使いの目を盗んで、こっそりと跳男の部屋に入ってきた。
 バチン!
 蝿叩きの音がしてゴキブリはぺしゃんこになり、そこには猫太の笑い顔があった。
「アハハハ、ゴキブリを見て逃げるウサギなんて初めて見ちゃった」
「バカヤローッ、今の俺にしてみりゃあ、顔の半分はあるんだぞ!そんなもんがはってきたら怖いんだ!」
「なるほど、そうか」
「それより猫太、お前…怒られるぞ」
「いいんだよ。あんなヤツら。それより兄貴、父さんがいきなり鬼みたいな目で、僕に勉強しろって言い出すんだ。障害があっても、勉強して科学者になった人もいる。お前は今まで甘やかし過ぎたって」
 跳男はジャンプして、弟の膝に飛び移って言った。
「猫太、お前、こんな俺を兄貴って呼んでくれるのか」
「当たり前じゃないか、だって、兄貴は兄貴だもん」
 跳男は弟の目を見つめた。
「そうだ、俺は…」

 そして夕食時。
 この日は犬男も早く帰宅し、お手伝いの虎美も一緒に食事をしていた。鶏子と虎美は四人分のご飯を作り、跳男の皿を床に置くと切った人参を入れる。
 跳男は暗い声で、「みんなと同じご飯が食べたいよ」
「なに言ってるの、ウサギのクセに」
 鶏子は、冷たく言い捨てるとくるりと背を向け、
「さあ猫ちゃん、今日はあなたの好きなかつおの白ワインソース煮よ」
 自分の皿に乗った、もう見たくもないほど食べ飽きた人参を見ているうちに、跳男の目からはまた涙があふれてきた。それを見ていた猫太は、とうとう我慢しきれず勇気をふりしぼって言った。
「お母さん、同じものを兄貴にも食べさせてよ。兄貴は人間だよ。姿はウサギでも、心はれっきとした人間なんだ!」
「猫太!そのことはもう言わない約束だ!」犬男が怒ってテーブルを殴る。
「イヤだっ!父さんも母さんも、あんまりだよ!兄貴が人間だった時は、あんなに期待していたくせに、ウサギになったとたん、今度は僕にばかり優しくして。偏見だよ。僕が車椅子で街を行くときに、偏見の目で見る人達がいるけど、あいつらと一緒じゃないか。大切なのは、人間としての心だろう!」
 猫太は跳男を膝の上に抱きしめたまま、二人に訴えた。
「猫ちゃん、あなたがそんなに怒るなんて。お兄様のために。なあんて優しい子なんでしょう!」
 鶏子は跳男を突き飛ばし、猫太を抱きしめる。
「ぜ、全然分かって…ない…」


「高校へ行こう」の巻

 しかし、猫太のあの言葉は両親の目を覚まさせた。犬男は、おとなしい猫太が兄のために怒ったことが、なによりうれしかった。そしてやはり、ウサギの姿になっても跳男がかわいかったのだ。冷たくするたびに募っていく罪悪感が、一気に爆発した。
 跳男はあの暗くてせまい部屋から、もはや開放された。そして以前以上に猫太と遊んだ。その光景を見ているうちに鶏子も自然と昔の跳男が帰ってきたような気分になる。
「兄貴、あの棚の上の本を取ってよ」
「ん、ようし分かった」
 車椅子の猫太には取れない高さにあるものでも跳男はジャンプして棚に飛び乗り、本を両手に挟んで持ってくる。
「ありがとう」
 人間だった頃と同じように弟のために何かをしてやれる自分がいる。このことは彼にとって大きな自信回復につながった。そしていつしか彼は思う。
(俺はこの身体でこれから生きていくんだ。この姿で、前と同じように高校へ行ってみたい)
 跳男は勇気を出して、この思いを父に話した。すると予想だにしなかった言葉が返ってくる。
「よく言った、跳男。いいか、たとえウサギでもお前は私の子だ。頭はいい。なんと言われても勉強して、また首席を取るんだ」
 跳男は猫太と顔を見合わせ喜んではしゃぎ、ジャンプして犬男の頭に抱きついた。

 犬男は学校へ行き、すべての事情を先生に話した。KO高校は犬男から莫大な寄付をもらっていて、学長の豚山豚男は愛想笑いでやむなく跳男の通学を認めた。
 犬男が帰ったあとは、鶏子がずっと付き添っていた。心配していたよりも、遙かにスムーズに、みんなは跳男に対して、いつも通りに接した。
「いやあ、ウサギになってもいい男だよなあ、跳男はさぁ。まぁすぐに、人間に戻れるっすよ」子分の笹木が、いつものようにゴマをする。
「きゃー、跳男さん、かっわいいー」女子高生達は手を振り、投げキッス。
「何だ、みんな前と一緒じゃないか」
 跳男はホッとした。
「母さん、もう家に帰りなよ。俺なら大丈夫さ。いつまでも親といると、みんなにからかわれるよ」
「それもそうね」
 こうして鶏子は、次の日から学校に来なくなった。


「いじめジメジメ」の巻

 母の鶏子が教室に現れなくなった次の日。
「やあ、みんな」
 跳男が教室に入るや、クラス中の生徒が笑い出した。
「みんな、みんな!」
 跳男が叫んでも、何を言っても、皆はただ笑うだけだった。そしてそれは、一週間続いた。
 さすがの跳男も落ち込みかけた、ある放課後。グラウンドでは、サッカー部の練習試合が行われていた。
「おーい、跳男じゃないか。ちょうどいいところに来た。一緒にサッカーしねぇか?」
 跳男が嬉しそうに頷いてグラウンドに入るや否や、部員の一人が跳男を蹴り転がす。
「こりゃあちょうどいいサッカーボールだ。アハハハハ……」
「おらおら、ボールが逃げ出してどうするんだよ。パスだ鈴木」
 大きな足で蹴られて、跳男は体中がしびれる。そこへきた鈴木が
「おうら、シュートだ!」
 その足をブロックしたのは、あの童貞の海藤源治だった。
「死んじまうじゃねえか、馬鹿野郎」
「何だよ、いい子ちゃんぶりやがって。いいじゃねえか、こいつはウサギだぜ」
「人間だよ。ウサギがものをしゃべるか」
「ケッ」鈴木は背を向けて練習を始める。
 跳男は急いでその場を立ち去った。(海藤、ありがとう!)

 傷だらけになって戻ってきた跳男に、猫太はリバテープを貼っていた。
「サッカーボールにするなら、黒でも塗らなきゃな。だって兄貴、真っ白けだもん」
「うるせえ!人ごとだと思いやがって。だけど、母さんには言うなよ。俺はこの姿で生きるんだ。少なくとも、あの監禁された日々にだけは戻りたくない」
「兄貴、すげえよ」猫太は、尊敬の眼差しで跳男を見ながら、
「傷の回復にいい温泉とかに行ってみたら」
「冗談じゃねぇ、ヒリヒリするだけだ。……そうか!猫太、感謝するぜ!」
「は?」


「女風呂でヤッピー!」の巻

 熱海、露天風呂。
「まあ、見て。こんなところにウサギがいるわ。かわいい!真っ白よ」
 ここは女風呂。ちょうど修学旅行中の大勢の女生徒が風呂に入っていた。
(でへ、でへへ。ウサギになって初めて、いい目にあったぜ。それにしてもみんな、ええ身体してるやんか。たまんねぇー)
「かわいいわ。抱っこしてあげる」
 こうして跳男は、次々と女子高生達の胸の谷間に抱かれる。
「きゃあ、このウサギおっぱい吸い出したわ、まるで赤ちゃんみたい」
「えっ、私も抱かせて」巨乳の女の子が跳男を抱き上げ、胸を吸わせる。
「どうれ、私にも抱かせておくれ」それは八〇歳のおばあちゃんであった。
(ギョ、ギョエッ)
「おおう、かわいいウサギじゃ、私のおっぱいも吸っておくれや」
 跳男は必死に逃げようとする。(冗談じゃねえよこんなばばあ)
「なめんかくぉらあ!」跳男を叩くおばあちゃん。
「おばあちゃんやめてよ、こんなにかわいいウサギになんてことするの!」
 別の女子高生が跳男を抱き上げるが、跳男は突然何かに怯えたように逃げ出してしまった。
「あら、ちょっとウサギさんどこ行くの?」「かわいいウサギさーん」
 (ちくしょう、まだ叩かれた方がマシだ。結局俺は、ウサギとしてしか、見られてない。男じゃないんだ!)
 跳男は絶望の淵にいた。女風呂の中で、女子高生達は皆、彼を一匹のウサギとしてしか見ていない。
(俺がこの先ウサギとして生きていく以上、もう前みたいに女の子達は、俺を男としてみてくれないんだ)
 跳男がやみくもに走ってたどりついた場所は渋谷駅。コンビニのお姉さん、美和子の姿が見える。人間だった頃、あこがれていた彼女である。店から男の人と手をつないで出てくる姿が見えた。
(彼氏ができたんだ)跳男はなんだか無性に悲しくなった。自分がウサギになっているあいだに横取りされたような気がして悔しさがこみ上げてくる。しかしそれはこんな姿になった自分に対しての悔しさであって、美和子の笑顔を見ていると自然と彼女の幸せを祈る気になった。
(そうだ、香織はどうしてるかな。もしかしたら、あいつが今でも俺のこと覚えてくれているかな)
 跳男は街中のパン屋さんへとひた走る。
 ショーウィンドウに並んだパン、ガラス越しに働く香織の姿が見えた。香織がちらりとこちらを見て、驚いたようだ。
「こんなところにウサギがいるわ。見て見て」彼女は仲間の店員を呼び集めて外へ出て歩み寄る。
(違う、こんなのは香織じゃない)
 跳男は逃げるように人込みに消えていく。



Comming Soon !
 あの感動のラストから、新たな青春ストーリーが始まる!!
 跳男は人間に戻れるのか!
 猫太と撫子の恋の行方は?
 そして、ブームが去ったあとのジャンプスの運命は?
キャラクター紹介
  宇佐跳男
  白鳥優子
  宇佐猫太
  大和撫子